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 三日後、いよいよウエフジ研究所に国防党党首にして防衛大臣の半礼政狼が訪れる事となった。応対するのは上澤さん。その場には僕も陪席するけれど、話は上澤さんに任せて聞いているだけで良いと言われた。僕自身も大人の話し合いに口を挟める気はしないから、上澤さんを信じて任せる事に異存は無い。


 相変わらず東京では不審火が続いているけれど、ニュースでの扱いは小さくなっていた。模倣犯が出てしまったせいだ。幸い、その模倣犯はすぐに捕まった。本来は人の多い所で火を着けたりなんかすれば、見付からないはずがないんだ。


 ニュースなんかを見ていると、首都での連続火災事件について半礼防衛大臣は全くの他人事の様に知らん顔だ。そんなのは国家公安委員会の管轄でウチは全くの無関係だと言わんばかりに、椅子に深く腰かけて反り返っている。

 実際そうなんだろうけど、とても感じが悪い。国家公安委員長も同じ国防党の仲間だろうに……。世間では両者の不仲説が噂されているけれど、その実は裏で共謀してP3を実行している。仲が悪そうに見えるのも計算通りなんだろう。



 半礼防衛大臣がウエフジ研究所に来訪する予定時刻は、午前十時だ。お出迎えをしなければならないという事で、僕と上澤さん、それに研究所の事務所の人が総出で、十時より少し前から、久遠ビルディングの前に整列する。

 だけど、一時間経っても、二時間経っても、半礼防衛大臣は現れなかった。正午も過ぎて、午後一時前にようやく黒い高級車が研究所の敷地内に入る。

 遅過ぎる。連絡の一つも無しに、全くの非常識だ。激しい怒りを覚える。いくらお偉いさんだからって許されない事があるだろう。

 しかも間の悪い事に、ちょうど事務所の人達が昼食を取りに行った頃。僕と上澤さんは二人だけで、半礼防衛大臣をお迎えする……事になると思っていたんだけども、車の中から出て来たのは若い男性だった。

 薄く化粧をしていて、中性的な雰囲気だ。僕も上澤さんも半礼防衛大臣本人が来るとばかり思っていたから驚く。


「出迎えがたったの二人か」


 僕達を見るなり、この男はバカにした様に言う。連絡も無しに遅刻するからだと、僕は心の中で吐き捨てる。

 一方で上澤さんは男の小言をスルーして一礼してから言った。


「半礼寅卯様ですね。私は当研究所の副所長、上澤と申します。本日は半礼政狼防衛大臣がお越しとの事でしたが、ご予定を変更されたのでしょうか?」

「防衛大臣閣下がこんな辺鄙な研究所を直々に訪ねる訳ないだろう? ただでさえ注目されてんだからさ。畑違いの研究所に何の用だって、チクリ屋に勘繰られる。そのぐらい分かれよ。そーゆー訳で、俺が代理だ。俺の事は親父と同等と思ってくれな。俺、親父の公設第一秘書」


 半礼寅卯の態度は余りにも無礼だった。こいつもエンピリアンだから、真桑さんがマーダーライセンスでぶっ殺してくれないかな? そう思ってしまうぐらい怒りが蓄積していた。


 僕と上澤さんは半礼寅卯を三階の応接室まで案内する。

 半礼寅卯は一人だけで、他に付き添いはいなかった。それを上澤さんが指摘する。


「お一人ですか?」

「悪いか? お互いに他人には聞かれたくない話もあるだろう」

「そうですね」


 上澤さんは軽く流したけれど、僕は半礼寅卯を殺す事ばかり考えていた。

 一人だけなら始末してもバレないんじゃないか? 実際、僕にはエンピリアンとの戦いを終わらせる方法が分からない。説得を聞き入れてくれるとは思えないし、全員殺してしまう以外にあるか? でも、運転手がいるからな……。

 そんな事を考えている内に応接室に着く。


 半礼寅卯は着席を促されるより先に、ドカッと上座に腰を下ろした。

 そして逆に僕達に着席を促す。


「あんた等も座れよ。そっちのは例の無効化だろ?」


 半礼寅卯に睨まれて、僕はドキッとする。僕の事を知っていたのか……いや、知ってて当然だ。エンピリアンの天敵なんだから。

 僕が突っ立っていると、半礼寅卯は舌打ちをする。


「おい、自己紹介ぐらいしろよ」

「え?」

「名乗れっつってんの。常識だろう?」


 何かイライラしてるけど、怒りたいのはこっちだよ。常識の無い奴が常識を語るなっての。


「はぁ、茶ァぐらい出せよな」


 お茶が出ないのは、事務の人達が待ち切れずに昼食に行ったからだよ! 三時間も遅刻しやがって!

 僕は半礼寅卯を張り倒してやりたい衝動に駆られるも、ここは堪える。ならぬ堪忍するが堪忍だ。

 僕がお茶を入れようとすると、そこで更に半礼寅卯の注文が付く。


「野郎の茶ァなんか誰が飲むかよ」


 この野郎……。本当にぶん殴ってやろうかと、僕は拳を固める。

 代わりに上澤さんがお茶を入れに席を立つ。


「座ってて」

「はい」


 悔しい。とても悔しい。


「――で、まだ名乗らねえの?」

「向日です……」

「無効だからムコウだってか? フフフ」

「そうです」

「安直なんだな」


 上澤さんがお茶を持って来て、やっと三人で対面して席に着く形になった。


「あんた副所長だろ? 所長はいねえの?」

「海外出張中です」

「海外ね……。じゃー、しゃーねーか」

「それよりも本題に入りましょう」


 上澤さんの呼びかけで、ようやく話が進みそうだ。

 半礼寅卯は座ったまま、ぐいと上半身を乗り出して、僕達に話しかける。


「そうだな。あんた等、俺に協力する気ない?」

「協力とは?」

「とぼけんなよ。超能力者の世界を創るのさ。日本が世界に先駆けて、超能力国家の第一号になるって話。知ってんだろ?」


 いきなりその話をするのかと、僕は驚いた。

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