日本超改造計画

1

 日富さんはウエフジ研究所に戻った翌日には、もうカウンセラーとして職場に復帰していた。僕は午前九時のカウンセリングで、日富さんに心を読まれる。

 正直、僕は日富さんをどこまで信用して良いか分からない。まだまだ日富さんは僕達に何かを隠しているんじゃないかと思う。だけど、日富さんは僕の心を読んでも、その話題には触れようとしなかった。

 ……いや、日富さんが味方なのは確かなんだから、全く信用できないという訳じゃないんだ。超能力について知られたくない事があるのも理解できる。

 それでも腑に落ちない何かがある。日富さんは人の心が読めるけれど、僕にはそんな事はできないから、アンフェアだと感じるだけなのかも知れない。

 まあ、日富さんについてあれこれ考えてもしょうがない。僕達の敵はエンピリアンと半礼親子だ。

 僕は思考を切り替えて、自分から日富さんに聞いてみた。


「日富さん、エンピリアンについて教えてください」

「何が知りたいんですか?」

「エンピリアンとは何者で、何が目的なのか……」


 日富さんは少し間を置いて答える。


「エンピリアンは超能力が使えるだけの普通の人間です。いくら半神を名乗っていても根本こんぽんは私達と何も変わりませんよ」

「結局、連中の目的は何だったんですか?」

「神になる事でしょう」

「何のために? 神になって、どうするつもりだったんですか?」

「それは……エンピリアンも一人一人は一個の人間ですから、それぞれ違った思惑がありますよ」

「教えてください。全部」


 僕は日富さんを真っすぐ見詰めて言った。

 日富さんはエンピリアンの心を読んだんだ。少なくともルーシー、オリオン、ペルセウスの三人については知っているはず。


「全員の事までは分かりませんが……」

「分かっている事だけで構いません」


 日富さんはまた少し間を置いてから話し始める。


「日本にいるエンピリアンは六人――ディオーネ、ヘラクレス、オリオン、セメレ、ペルセウス、そしてアキレウス。ディオーネはルーシー・モーニングスター、ヘラクレスは半礼寅卯です。ペルセウスはジョゼ・スガワラ、オリオンは小館こだち真名武まなぶ。セメレはルーシーの妹の様ですが、彼女についてはよく分かりません」

「ルーシーの本当の目的は何なんですか?」


 僕が改めて尋ねると、日富さんは少し困った顔をした。


「聞いてどうしますか?」

「どうもしません。でも、知っておきたいんです」

「何故?」

「ペルセウスは日本人と外国人のハーフなんですよね? しかも無戸籍の。もしかしたら彼は……日本での生活で、疎外感に苦しんでいたのかも知れないと思って。解放運動も……細かい部分は違っても、そんな感じで悩んでいたみたいですから」


 自分達は他の人達とは違う。同じ仲間にはなれない。そんな疎外感から社会への不満が積み重なって、超能力による変革を望む様になったなら……。将来、何度でも同じ事が起こると思んだ。

 日富さんは僕から目を逸らして言う。


「優しいんですね。でも、情が移ると任務に支障を来しますよ」

「構いません。全部、教えてください」


 日富さんの言いたい事は分かる。でも、僕に迷いはなかった。


「……向日くん、少し横になってください」


 日富さんは僕が座っている椅子を倒して横に寝かせると、左手をそっと僕の額の上に置いた。

 もう条件反射みたいになっているんだろうか? 僕の心は急速に安らぐ。


「まずはルーシーについて語りましょう。彼女は祖父であるモーニングスター博士の志を受け継いでいます。彼女は祖父を尊敬していました。両親の死後、孤独だった彼女を慰めたのが、モーニングスター博士だったのです。神に近付くのは、失った家族と再会するため……。根源世界に到達すれば、失われた者を取り戻せると信じていました」


 日富さんの言葉が抵抗なく心に沁み込んで行く。僕は自然に「そうだったんだ」と納得している。


「本当に取り戻せるんですか?」

「それは分かりません。ただ、彼女はそう信じていました」

「半礼寅卯とは思想が違うはずですよね?」

「それも分かりません。半礼寅卯が何を考えているのか、直接本人の心を読んでいない以上、本当の事は分かりませんから」


 ルーシーは日本の脅威から除外できるんじゃないかと思ったんだけど……。その事は後回しにしよう。


「ペルセウスは?」

「彼は……向日くんの予想通りです。戸籍を持たない彼は、非常に苦しい生活を強いられていました。不法滞在が発覚しない様に隠れて暮らし、その中で生活費を得るために不当な低賃金でも働かざるを得ず、もし問題を起こせば『外国人』として処理される。そんな恐怖と抑圧の中で、日々を生きていました。母親からカイラJr.と呼ばれていた彼ですが、カイラとは父親の名前です。コウヤマ・カイラ……その名前だけが彼が自分の父親について知っている全てでした。彼の希望は三つ。一つは日本で自分の地位を確立する事、一つは父親を探す事、最後の一つは死んだ母親と再会する事」


 ペルセウスの過去は想像以上に重かった。日富さんの声と同時に、ペルセウスが抱いていた複雑な感情まで伝わって来る。僕に現実を思い知らせるかの様に。

 僕の絶望なんか、彼に比べればまだまだ甘っちょろいんじゃないか? 不幸の比較に意味は無いとは言うけれど……。

 僕は絶句してしまう。でも、どうにか次の言葉を絞り出す。


「……オリオンはどうなんですか?」

「まだ聞くつもりですか」

「聞いたからって、どうなる訳でもないですけど……聞かなかったからって、無かった事にはならないでしょう」


 日富さんは小さな溜息を吐いた。呆れられてしまったかな?


「オリオンはペルセウスとは違い、両親とも日本人で、裕福な家庭に生まれました。父親は地方議会の議員で、母親はクラブのホステスです。両親は周囲の反対を押し切って結婚しましたが、当初は愛し合っていた両親も年月が経つと冷めてしまい、それと同時にオリオンも父親から冷淡に扱われる様になりました。オリオンは母親を恨みながら、父親を慕う様になります。しかし、その父親は裏で不法な手配師と繋がりを持っていました。それも何十年も続く長い関係です。オリオンの失望は深く、そこでペルセウスと知り合った事で、彼は社会を変えなければならないと強く思う様になります」

「……オリオンはどっちかって言うと、半礼親子に近いんでしょうか?」

「分かりません。オリオンはともかく、半礼親子の事は……。表面上は良い事を言っていても、本心までは分かりませんから」


 もしかしたらエンピリアンに悪意は無かったのかも知れない。でも火事の被害者の事を考えれば、悪意の有無なんか問題にならない。こう言っちゃ悪いけど、善意と使命感に酔ってるだけだ。

 やっぱり半礼寅卯の本心が知りたい。彼は何を考えているのか……。

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