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先の事はともかく、まだ僕は知りたい事があった。それは「日富さんがどうやってエンピリアンから解放されたか」だ。
「ところで、日富さん」
「はい、何でしょう?」
「あの洋館に連れ去られた事までは分かるんですけど、どういう経緯で解放されたんですか?」
僕の質問に日富さんは困った顔をするだけで答えてくれない。
……話したくない? それとも話せない?
そこを話してくれないと、日富さんを信用して良いか分からない。いや、僕の信用なんてどうでもいいって言われたら、それまでなんだけどさ……。上澤さんが確信を持っている様だから、それで十分なのかも知れない。
黙っている日富さんに、上澤さんが声をかける。
「日富くん、話してくれないか? 私も聞きたい」
「……分かりました」
日富さんは観念したみたいに話し始めた。
「エンピリアンの狙いは最初から私一人でした。私は研究所の被害を最小限に食い止めるために、自分からエンピリアンに付いて行ったんです。もしかしたらエンピリアンの内情を探れるのではないかという考えもありました。それで……洋館に連れて来られた私は、エンピリアンに私のストレージの中を見せました」
ストレージって何だろう? 洋館でもストレージがどうこう言ってたな。話の腰を折って悪いとは思うけれど、ここは素直に聞いてみる。
「ストレージって何ですか?」
「私が心を読んだ人の記憶を留めておく場所です。多くの人の記憶が、そのまま収めてあります」
「場所って、どこなんですか? 脳内?」
「私にも詳しい事は分かりません」
「……分からないんですか?」
「はい。私の脳内かも知れませんし、全然違う場所かも知れません」
本人にも分からないのか……。でも、僕がどうこう言えた事じゃない。僕なんか自分のフォビアが発動したかどうかも分からないし、まして仕組みなんてさっぱりだ。そういう風になっているとしか言えない。日富さんもきっと同じなんだろう。
上澤さんが話を戻す。
「ストレージを覗いたエンピリアンの反応は? どうだった?」
「最初にストレージの中を見たのはルーシー・モーニングスターでした。ルーシーは仲間内では『ディオーネ』と呼ばれていました。賢明なルーシーはストレージの深部には踏み込みませんでした。いえ、踏み込めなかったと言うべきでしょうか」
ストレージの中って、どうやって他人に見せるんだろう……? 日富さんがその気になれば、僕も見せてもらえるんだろうか? それともエンピリアンじゃないと見られないのかな?
新たな疑問が浮かぶけど、今は日富さんの話を聞こう。
「私が会ったエンピリアンは三人。ディオーネ事ルーシー、オリオン、ペルセウス。全員が私のストレージの中を見ました。そしてルーシーとオリオンは私を恐怖する様になり、ペルセウスが失神した事で、二人はとうとう私を諦めました。それは同時に根源世界への到達を諦めた事になります」
「……本当に諦めたんでしょうか?」
僕の問いかけに、日富さんは深く頷いた。
「少なくとも、神に近付く計画は変更を余儀なくされるでしょう。人の器では到底、神になる事はできないと分かったのですから」
でも神になれないからって、全てを諦めたとは思えない。超能力者の国家を創る事が不可能になった訳じゃないんだ。半礼親子の野望は生きている。
だから、これから会ってみるのか……。
話が途絶えて、重苦しい沈黙が車内を支配する。
僕は上澤さんに尋ねた。
「本当に半礼親子と会って、大丈夫なんですか?」
「分からない。正直、出たとこ勝負な面はある」
「そんなんで良いんですか?」
「いつでも保険はかけてある。運に任せるのも計算の内だ。どう転んでも私達にはメリットしかない」
本当に凄い自信だ。上澤さんがそこまで言うんだったら大丈夫なんだろうという、謎の信頼感がある。こういうのもリーダーの資質なんだろう。
僕達が久遠ビルディングに戻る頃には、もう夕方になっていた。この日はもう休むだけ……だけど、その前に僕は夜のニュースをチェックする。
最初のニュースは東京で連続して起こった火災の事だった。やっぱりまだ犯人は捕まっていない。アキレウスは……いなかった事になっているみたいだ。犯人の一人を逮捕したとも、殺害したとも、何も言われない。
だから、もしかしたら犯人は既に全員捕まっているのかも知れないけれど、その望みは薄いだろう。だって日本にいるエンピリアンのバックには半礼親子が付いているんだから。
そこで僕はハッとした。ああ、そういう事だったんだ。ようやく理解した。火事を起こしている本当の目的は、P3と同じ……。超能力の素質がある人と超能力者を接触させる事で、「触発的覚醒」を促しているんだ。
エンピリアンが起こした火事に巻き込まれた人や、火事を目撃した人の中から素質のある人が超能力に目覚めるだろう。どんな形で覚醒するかは分からないけれど。
僕は絶対にP3を止めないといけない。エンピリアンも半礼親子も必ず止める。
そう強く決意した。
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