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 山中の洋館を離れてS県H市までの帰り道、助手席の日富さんは運転席の上澤さんに対して語り始めた。


「エンピリアンの目的ですが、大凡おおよそは副所長の見立て通りでした。ご慧眼です」

「持ち上げるな、持ち上げるな。それより詳細を頼む」

「はい。やはりエンピリアンはP3と関係がありました。連立与党の一党・国防党の半礼なからい政狼まつろうの長男、半礼なからい寅卯とらうが日本におけるエンピリアンのリーダーです」

「大物政治家の息子か」


 上澤さんはハンドルを指先で軽く叩きながら、深刻そうに呟いた。手を出し難い相手という事なんだろう。『半礼政狼』の名前は僕でも知っている。防衛大臣……。

 僕は疑問を一つ差し挟む。


「モーニングスター博士の家族は関係無いんですか?」


 日富さんは一度、後部座席の僕に視線を送ってから答える。


「あります。モーニングスター博士の娘であるエヴァンジェラの娘――つまりモーニングスター博士ののルーシーが、半礼寅卯に入知恵していた様です」

「全体像はどうなってんだ?」


 僕の隣で真桑さんが眉を顰めて言った。

 解放運動、政治家、公安、P3、エンピリアン……これまでの事が全て関係していそうだけれど、一つ一つの事柄がどう繋がっているかは不透明だ。

 日富さんが時系列を整えて語る。


「まずはP3と解放運動との関係から語らなければいけないでしょう。超命寺を含むP3の関係者は、勢力の衰えた解放運動に目を付けて、P3に利用する事にしました。弱体して政府に踊らされている事を歯痒く思っていた解放運動は、起死回生のために海外の新勢力――エンピリアンを呼び寄せました。ところが、政府はP3を継続するためにエンピリアンが国内に進入するのを見過ごしたばかりか、エンピリアンと連絡を取り合おうとしました」


 超命寺……何て迷惑な人なんだ。自分には計画の主導権はないとか言っておいて、結局は全部知っていたんだ。エンピリアンが国内で問題を起こす事も。やっぱりあの時に死なせておいて正解だったのかも知れない。

 僕は身勝手な超命寺に強い憤りを感じていた。

 日富さんは続ける。


「政府とエンピリアンの接触に、解放運動は危機感を覚えました。このままではエンピリアンに取って代わられてしまうと思ったのです。解放運動かエンピリアンか、P3の継続にはどちらか一方だけで十分ですから。そして、その懸念は現実の物になってしまいました。政府とエンピリアンはP3、そして半礼親子を通じて急速に接近し、共通の目標を持ってしまったのです」


 解放運動も余計な事をしてくれたなぁ……。


「共通の目標ってのは、超能力者を増やす事ですか?」


 僕の問いかけに、日富さんは即答した。


「半分正解で、半分外れです。政府とエンピリアンは日本を『神の国』にしようと画策しています」

「神の国って……」

「強大な超能力を持ったが支配する国です」

「政府がそれを許すんですか?」


 半礼親子は日本人だけれど、エンピリアンの実質的なリーダーはルーシーだろう。

 国防党は国粋主義的な政治団体だったはず。外国人を介入させる事に抵抗は無いんだろうか?

 僕の疑問に答えたのは、上澤さんだった。


「半礼家の源流は高貴な血筋に繋がる一族だ。連立与党の一党の党首という地位に止まらず、日本の頂点に君臨しようという野心があるのかもな」


 高貴な血筋って……つまり、そういう事なのか? これまでの古い政治体制を一変させて、自分達が日本を支配しようと?

 想像も付かない事だと、僕は悪寒に心を震わせる。

 一方で真桑さんは眉を顰めて、上澤さんに聞いた。


「国防党は連立与党の一つに過ぎないはずでしょう? 他の党は何も言って来ないんですか?」

「P3は極秘の計画だ。そもそも知っている人間が少ない。仮に知っていたとして、政治家や官僚がエンピリアンの超能力に抗えるか?」


 僕も続けて疑問をぶつける。


「P3は自然消滅するはずだったんじゃ……」

「エンピリアンが関与しているなら話は別だ。防衛大臣に国家公安委員長……日本の治安維持機構を国防党が押さえているのも、非常にまずい」


 成程ね。だから、いつまでも公安の状況が改善されないんだ。下流をいくら洗ったところで、上流が汚染されていたら意味が無い。

 上澤さんに続いて日富さんが語る。


「半礼寅卯はルーシーによって超能力に目覚め、エンピリアンとなりました。彼には素質があった様です。そして超能力による大胆な政治改革を目指しています」

「要するに解放運動と同じって事ですか? 超能力者の国家を創る?」


 僕の問いかけに、日富さんは小さく頷いた。


「そうです。半礼寅卯の理想は、超能力者による寡頭政治――有能な超能力者を貴族に見立てた、実質的な貴族政治です。その実現に近付いている分、解放運動よりも危険性は遥かに上でしょう」


 現状はよく分かった。でも、どうやって解決するつもりだろう? 半礼親子を暗殺する? 連立政権とは言え、与党の党首を? それこそ日本中が大混乱に陥るんじゃないか?

 僕は上澤さんに尋ねる。


「つまり、エンピリアンと半礼親子をどうにかしないといけない訳ですよね? どうするんですか?」

「幸い、半礼親子はC機関とF機関に詳しくない。この二つは旧衛生保健省の管轄だからな。こっちは同じ連立与党でも未来党の領分だ。国防党とは食い合せが悪い」

「仲が悪いのに連立与党なんですか」

「大人の都合という奴だよ。自由国民主権党が繋ぎに入って、どうにか与党として成り立っている。……話を戻そう。これまでF機関とC機関は未来党を盾に国防党との接触を避けて来たが、ここで動こうと思う」


 そうそう都合好く事が運ぶかなぁ……? エンピリアンはF機関を警戒しているんじゃないのか?

 目論見が成功するか怪しむ僕に、上澤さんは真剣な表情で言った。


「君にも協力してもらう事になる。心配は無用だ。最悪、日本が二つに分かれるぐらいで済む」


 日本が二つに分かれるって、超能力者が支配する日本と今までの日本で? 少しも安心できないんだけど……。

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