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 上澤さんの運転するスポーツカーは山道も難なく走り抜けて、解放運動の本拠地だった山中の洋館に着く。

 僕と上澤さんにとっては、一年とちょっと振りに訪れる場所。そのはずだけど……バイオレンティストとの戦いが、何だか遠い昔の事の様に感じられる。短い間に色々あり過ぎたせいだろう。

 僕達三人が洋館に近付くと、中から日富さんが姿を現した。


「日富くん、無事だったか! 心配したぞ!」


 上澤さんは不用意に日富さんに駆け寄る。一方で僕はと言うと、あっさり日富さんが姿を見せた事に驚いて警戒していた。

 ……罠じゃないのか?

 僕と真桑さんは、抱き合う上澤さんと日富さんから少し距離を置く。日富さんは上澤さんから体を離すと、僕達の顔を見回して、申し訳なさそうに言った。


「ご心配をおかけしました。皆さんに見ていただきたい物があります。どうぞ中へ」


 そして僕達を洋館の中へと誘う。

 いや、これ罠じゃないの? 怪し過ぎる……。

 真桑さんも僕と同じ意見なのか、その場を動こうとしない。だけど、上澤さんは全く疑問を持っていないかの様に、日富さんに付いて行こうとする。

 えぇ……大丈夫なのか?

 不安がる僕に、上澤さんは振り向いて言った。


「大丈夫だよ」

「……何を根拠に、大丈夫だって……言えるんですか?」


 僕は生意気にも上澤さんに反抗する。どうしても聞かずにはいられなかった。


「私は神経と精神医学の専門家だ。人の精神状態が正常か、そうでないかの見分けぐらいは付く」

「日富さんは正常なんですか?」


 かなり失礼な事を言っている自覚はあった。でも、絶対に聞いておかなければいけない事だった。

 上澤さんは少し困った顔をする。


「……正常の定義にもよるが、まあ正常と言って良いだろう」

「どうしてそんな言い方を――」

「まあ、行けば分かるさ。どうしても嫌なら、その場で待っててくれ」


 そうはいかない。上澤さんを一人で行かせる方がダメだろう。僕は覚悟を決めた。


「いえ、僕も行きます」


 僕が足を前に進めると、真桑さんも僕の後に付いて来る。真桑さんは最初から僕の決定に従うつもりだったんだろう。僕が行かないなら行かない。僕が行くなら行く。

 相棒か……。

 僕は相棒よりも友達の方が欲しいけどな。もっと気安い関係と言うか、何でも気軽に言い合える、そんな感じの。

 ……僕は溜息を吐いて自嘲する。一度友達を見捨てた僕が、他人に友情を求めるのもおかしな話だ。



 洋館の中はあの時と変わっていない。だだっ広くて人の気配がしないから、幽霊屋敷みたいだ。

 日富さんは僕達を二階へと案内する。日富さんが先導して、その後に上澤さん、僕と続いて、殿しんがりを真桑さんが守る。

 そして着いたのは、二階の客室らしき一室。四人全員が室内に踏み入る。部屋の中には男の人が一人、仰向けに倒れていた。

 僕と真桑さんは驚いて身構える。これは誰だ?

 その疑問を誰より先に上澤さんが口にする。


「彼は?」

「エンピリアンの一人、ペルセウスです。本名はジョゼ・スガワラ。死別した母親からはカイラJr.と呼ばれていました」

「日系人?」

「無戸籍の者です。日本で生まれながら出生届が出されなかった者。日系人と言えば日系人ですし、日本人と言えば日本人です」

「死んでいるのか?」

「記憶の海に沈んでいるだけです。引き揚げない限りは、そのままですが」


 淡々と答える日富さんが怖い。ペルセウスの記憶を読んだんだろうけれど、それにしても……。

 上澤さんは気絶しているペルセウスを見下ろしながら、日富さんに問いかける。


「何があったのか、詳しく話してくれないか?」

「はい」


 それから日富さんは、これまでの経緯を整然と答えた。


「私がエンピリアンに連れ去られたのは、私の超能力が根源世界に繋がる可能性があると思われたからです。しかし、私は根源世界にアクセスする方法を知りません。私が知っているのは、私の精神世界と他人の精神世界を繋ぐ方法だけです。そこで……私はエンピリアンの要求に応えるために、私の『ストレージ』の中を見せました」

「それでオーバーロードした訳か」

「ええ。半神を名乗っていても、は人間という事です」


 上澤さんと日富さんの会話は、専門的過ぎて僕には理解できない。ただ日富さんが普通じゃない事だけは分かる。

 日富さんは語りを続ける。


「エンピリアンの背景バックグラウンドもある程度は分かりました。取り敢えず、ペルセウスを連れて帰りましょう。向日くん、真桑さん、お願いします」


 僕と真桑さんは上澤さんと日富さんに指示されて、ペルセウスを車まで運んだ。僕が両足を持って、真桑さんが両肩を支える。

 でも、上澤さんの車の座席に余裕が無かったから、気絶しているペルセウスはトランクに詰める事になる。……何だか死体を運んでいるみたいで体裁が悪い。

 とにかく僕達は日富さんを無事に回収して洋館を後にした。これで心配事が一つ消えた訳だけど……。

 車内で日富さんが語ったエンピリアンの真の目的と黒幕は、驚くべきものだった。

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