「心を読む」という事
1
それから……僕は眠れない一夜を過ごした。寝不足のまま朝を迎えて、体が重い。いつもと違ってカウンセリングを受けられないのが、物寂しく心細く感じてしまう。
この日はなかなか真桑さんからの連絡が無かった。日富さんを探すのか、東京に行くのか、まだ決まってないって事だろうか?
午前九時になっても何の話も無かったので、僕は自分から真桑さんに電話した。
そうすると、真桑さんは「もう少し待って欲しい」と言う。曰く、上の方で重要な話し合いが行われているらしい。何か大きな手がかりでも見付かったんだろうか?
とにかく僕は「待て」の状態で、じっとしているしかなかった。何の情報も持っていないから、独自に動く訳にもいかない。他にする事もなくてテレビのニュースを見ていると、既に東京で火事が起こっていた。
僕はもどかしい気持ちだった。僕ならエンピリアンをどうにかできるかも知れないのに。僕じゃないとエンピリアンをどうにかできないのに。
……正午になって、上澤さんから電話があった。
「向日くん、昼食は取ったかい?」
「いえ、まだです」
「午後から出かけるぞ。適当に何か食べておいてくれ」
ウエフジ研究所で「午後から」と言う時は、基本的には「午後一時から」の事だ。正午から午後一時までは昼休憩になっている。
それはともかく、上澤さんの声は相変わらず淡々としていて、事の重大さがよく分からない。
「何か分かったんですか?」
「それは追々話そう。朗報という事だけは断言できる。ご飯はゆっくり、よく噛んで食べるんだぞ。早食いも芸の内とは言うが、今はその芸が必要な時ではない」
「分かりました」
遠回しに「急ぐな」と忠告されたんだろう。僕はそう理解したけれど、いつもの定食は頼まずに、冷うどんを注文した。この方が早く食べられる……というか、ゆっくり落ち着いてご飯を食べる気にならない。溜息ばかりが漏れる。
そんな僕の隣に、高台さんと船酔さんが座った。
「向日くん、体調でも悪いのか?」
「いえ、気分が重くて。日富さんの行方もまだ分かりませんし、エンピリアンの連中もいますし……」
僕が高台さんの問いかけに答えると、船酔さんが申し訳なさそうな顔をして言う。
「済まんな、向日くん。君が大変な思いをしているのに、大人が力になれなくて」
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」
愚痴を零したと思われたんだろうか?
僕は否定したけれど、船酔さんは語りを続ける。
「無責任な事を言う様でアレなんだが、どうしても辛いんだったら、少し休んだ方が良い。嫌になったら、やめてしまっても良いんだ。誰も君を責めないよ」
「そうじゃなくてですね……」
僕はやりたくてやってるんだ。辛いとか嫌だとか思ってないし、まして責められるとか責められないとか、そんな事は考えてない。そこを分かって欲しい。
僕は自分の考えを整理して言う。
「どんな形であれ、必要とされているのは嬉しいです。僕は皆の力になりたい」
「だからって、一人で抱え込んでたらパンクするぞ」
高台さんの言葉に僕は形だけ頷いておいた。
「今は大丈夫です。そこまでじゃないんで。どうしてもどうにもならなくなったら、その時は相談するかも知れません」
本当にそんな時が来るんだろうか? 来ないだろうし、来て欲しくもない。
僕はどんぶりの残りを口の中に掻き込んで、席を立った。
「それじゃ失礼します」
高台さんも船酔さんも何も言わなかった。
どんな事を言えば良いのか分からないんだろう。僕が逆の立場でも、何も言えないと思う。
午後一時、僕は上澤さんの車の助手席に乗せられて、ウエフジ研究所を発った。車の後部座席には真桑さんも乗っている。
最初、僕はどうして真桑さんも付いて来たのか、聞いてしまった。
「真桑さんも一緒に来るんですか?」
「向日くん、君がどう思っているかは知らないが、俺は君の相棒のつもりだ」
「あっ、はい」
「君のいる所になら、どこへでも付いて行く」
「仕事だからですか?」
「半分は」
残りの半分は何だって言うんだろう? 個人的な親しみとか、僕の方には全然無いんだけどなぁ……。
不可解に思う僕の隣で、上澤さんは小さく笑っている。何がおかしいんだろう?
上澤さんが運転するスポーツカーは高速道路に乗るけれど、東京とは反対方面だ。
僕は上澤さんに尋ねた。
「どこに行くんですか?」
「N県とG県の県境にある……解放運動の本拠地だった場所だよ」
「そこに何が?」
「日富くんから迎えに来てくれと連絡があった」
「えっ、マジで?」
「嘘を吐いてどうする」
「罠じゃないんですか?」
絶対に怪しいよ。日富さん、そんなに戦闘能力がある様には見えないし。それとも対エンピリアンに特化した何かがあるのか?
訝る僕に上澤さんは淡々と告げる。
「だから君にも来てもらった訳だが」
「もしムダ足だったら?」
「そういう事もあるかも知れないな。しかし、私はF機関の副所長として、行動しない訳にはいかない」
「……東京の方は放っといて良かったんですか?」
上澤さんの立場は分かるけれど、一職員の身の安全と東京という大都市の治安で、前者を優先させるなんてあり得るんだろうか?
僕の疑問に上澤さんは堂々と頷く。
「ああ。詳細は追々話そう。とにかく今は日富くんの無事を確認する事が最優先だ」
上澤さんは高速道路を飛ばして、G県側からN県との県境に入る。
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