「心を読む」という事

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 それから……僕は眠れない一夜を過ごした。寝不足のまま朝を迎えて、体が重い。いつもと違ってカウンセリングを受けられないのが、物寂しく心細く感じてしまう。

 この日はなかなか真桑さんからの連絡が無かった。日富さんを探すのか、東京に行くのか、まだ決まってないって事だろうか?


 午前九時になっても何の話も無かったので、僕は自分から真桑さんに電話した。

 そうすると、真桑さんは「もう少し待って欲しい」と言う。曰く、上の方で重要な話し合いが行われているらしい。何か大きな手がかりでも見付かったんだろうか?

 とにかく僕は「待て」の状態で、じっとしているしかなかった。何の情報も持っていないから、独自に動く訳にもいかない。他にする事もなくてテレビのニュースを見ていると、既に東京で火事が起こっていた。

 僕はもどかしい気持ちだった。僕ならエンピリアンをどうにかできるかも知れないのに。僕じゃないとエンピリアンをどうにかできないのに。



 ……正午になって、上澤さんから電話があった。


「向日くん、昼食は取ったかい?」

「いえ、まだです」

「午後から出かけるぞ。適当に何か食べておいてくれ」


 ウエフジ研究所で「午後から」と言う時は、基本的には「午後一時から」の事だ。正午から午後一時までは昼休憩になっている。

 それはともかく、上澤さんの声は相変わらず淡々としていて、事の重大さがよく分からない。


「何か分かったんですか?」

「それは追々話そう。朗報という事だけは断言できる。ご飯はゆっくり、よく噛んで食べるんだぞ。早食いも芸の内とは言うが、今はその芸が必要な時ではない」

「分かりました」


 遠回しに「急ぐな」と忠告されたんだろう。僕はそう理解したけれど、いつもの定食は頼まずに、冷うどんを注文した。この方が早く食べられる……というか、ゆっくり落ち着いてご飯を食べる気にならない。溜息ばかりが漏れる。

 そんな僕の隣に、高台さんと船酔さんが座った。


「向日くん、体調でも悪いのか?」

「いえ、気分が重くて。日富さんの行方もまだ分かりませんし、エンピリアンの連中もいますし……」


 僕が高台さんの問いかけに答えると、船酔さんが申し訳なさそうな顔をして言う。


「済まんな、向日くん。君が大変な思いをしているのに、大人が力になれなくて」

「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」


 愚痴を零したと思われたんだろうか?

 僕は否定したけれど、船酔さんは語りを続ける。


「無責任な事を言う様でアレなんだが、どうしても辛いんだったら、少し休んだ方が良い。嫌になったら、やめてしまっても良いんだ。誰も君を責めないよ」

「そうじゃなくてですね……」


 僕はやりたくてやってるんだ。辛いとか嫌だとか思ってないし、まして責められるとか責められないとか、そんな事は考えてない。そこを分かって欲しい。

 僕は自分の考えを整理して言う。


「どんな形であれ、必要とされているのは嬉しいです。僕は皆の力になりたい」

「だからって、一人で抱え込んでたらパンクするぞ」


 高台さんの言葉に僕は形だけ頷いておいた。


「今は大丈夫です。そこまでじゃないんで。どうしてもどうにもならなくなったら、その時は相談するかも知れません」


 本当にそんな時が来るんだろうか? 来ないだろうし、来て欲しくもない。

 僕はどんぶりの残りを口の中に掻き込んで、席を立った。


「それじゃ失礼します」


 高台さんも船酔さんも何も言わなかった。

 どんな事を言えば良いのか分からないんだろう。僕が逆の立場でも、何も言えないと思う。



 午後一時、僕は上澤さんの車の助手席に乗せられて、ウエフジ研究所を発った。車の後部座席には真桑さんも乗っている。

 最初、僕はどうして真桑さんも付いて来たのか、聞いてしまった。


「真桑さんも一緒に来るんですか?」

「向日くん、君がどう思っているかは知らないが、俺は君の相棒のつもりだ」

「あっ、はい」

「君のいる所になら、どこへでも付いて行く」

「仕事だからですか?」

「半分は」


 残りの半分は何だって言うんだろう? 個人的な親しみとか、僕の方には全然無いんだけどなぁ……。

 不可解に思う僕の隣で、上澤さんは小さく笑っている。何がおかしいんだろう?


 上澤さんが運転するスポーツカーは高速道路に乗るけれど、東京とは反対方面だ。

 僕は上澤さんに尋ねた。


「どこに行くんですか?」

「N県とG県の県境にある……解放運動の本拠地だった場所だよ」

「そこに何が?」

「日富くんから迎えに来てくれと連絡があった」

「えっ、マジで?」

「嘘を吐いてどうする」

「罠じゃないんですか?」


 絶対に怪しいよ。日富さん、そんなに戦闘能力がある様には見えないし。それとも対エンピリアンに特化した何かがあるのか?

 訝る僕に上澤さんは淡々と告げる。


君にも来てもらった訳だが」

「もしムダ足だったら?」

「そういう事もあるかも知れないな。しかし、私はF機関の副所長として、行動しない訳にはいかない」

「……東京の方は放っといて良かったんですか?」


 上澤さんの立場は分かるけれど、一職員の身の安全と東京という大都市の治安で、前者を優先させるなんてあり得るんだろうか?

 僕の疑問に上澤さんは堂々と頷く。


「ああ。詳細は追々話そう。とにかく今は日富くんの無事を確認する事が最優先だ」


 上澤さんは高速道路を飛ばして、G県側からN県との県境に入る。

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