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真桑さんは車を限界まで飛ばして、一時間と少しでY県からS県H市まで戻った。
ウエフジ研究所がある久遠ビルディングの駐車場には、数台のパトカーが並んで停車していて、数人の警察官が玄関前で見張りに立っている。警察手帳を提示して立入禁止のバリケードの脇を通り抜ける真桑さんに、僕も続いた。
見張りの警察の人は僕を止めようとしたけれど、真桑さんに「彼も通してやって」と言われて、ちょっと不服そうな顔をしながらも見張りに戻る。
ビルの入口では上澤さんと警備員の人が、刑事っぽい人に事情を説明している。
上澤さんは僕と真桑さんに気付くと、手招きして僕を呼び寄せた。
「向日くん、こっちこっち」
僕は逸る気持ちを抑えられずに、上澤さんに早口で質問する。
「エンピリアンが攻めて来たんですよね? 被害は? 皆、無事ですか?」
「フォビアの者に被害は無かった」
そう言われても安心できない。ここにはフォビア以外の人もいるんだ。
「幾草は?」
「彼も無事だ。ただ……」
「ただ?」
「日富くんが連れ去られた」
「日富さんが!? エンピリアンの狙いは日富さんだったんですか!?」
「どうやら……その様だ」
「どうして日富さんが――」
上澤さんの予測では、エンピリアンは「根源世界」とかいう全ての根源を求めているはずだった。だから、エンピリアンは根源世界に近い観念的なフォビアの持ち主を探していると思っていた。
だけど……いや、もしかして日富さんが根源世界に近いのか?
「日富さんの心を読む超能力に、根源世界と何か関連が……?」
「……無いとは言えない。日富くんは人の心の深い部分や隠された部分にも触れる事ができる。もしかしたら彼女の精神は根源世界と通じているのかも知れない」
「もしかしたらって、上澤さんでも分からないんですか?」
「私は超能力者でも何でもない、一人の研究者だよ。超能力者の脳内で何が起こっているかを科学的に調べる事はできても、その感覚まで完璧に理解する事はできない」
現代の科学技術では、人の心の中を完全に読み通す事まではできない。
超能力の研究は、同じ超能力者がやるべきなんだろうか? その方が何かと都合が好かったりする? 超能力者の超能力研究者って……それってモーニングスター博士の事じゃないか!
そしてモーニングスター博士は日富さんに心を読まれている。
モーニングスター博士は日富さんと接触した時に、何かを読み取った……?
エンピリアンはフォビアを学習する。推測だけど、同じ様にフォビア以外の超能力も学習できるだろう。それで、今度は何をするつもりなんだ?
いやいや、そんな事を考えるのは後で良い。今は日富さんを助け出す事だけに全力を注がないと。
僕は焦りを募らせて、上澤さんに言った。
「とにかく日富さんを助けないと!」
「そうだな」
上澤さんは妙に落ち着いている。焦ろとは言わないけれど、どうしてそんなに平然としていられるんだ?
「心配じゃないんですか……?」
「心配と言えば心配だが、日富くんもあれで結構な食わせ者だからな」
どういう意味だ? 日富さんが
だって実際モーニングスター博士に一回やられてる訳だし。
上澤さんは浮足立つ僕を真っすぐ見て言った。
「気持ちは分かるが、そわそわするな。ここでジタバタしても何も変わらない。次の情報が入るまで、気を鎮めて待て」
「……はい」
それはそうなんだけど、やっぱり不安だ。心の動揺は体にも表れて、呼吸と脈拍が乱れる。心も体も僕の物なのに、何一つ思い通りにならない。
「ところで、君の方はどうだったんだ? エンピリアンとは会えたか?」
「ああ、はい……。Y駅でエンピリアンのアキレウスと会いました」
「それで、どうなった?」
「真桑さんが撃ち殺しました。……多分。死亡確認してないから分かりませんけど、死んだんだと思います」
「分かった。取り敢えず、一人は片付いた訳だ」
「Y駅の近くにもう一人いたんですけど、それが誰かまでは分かりませんでした」
「ヘラクレスかな? それとも別の奴か」
「分かりません」
「とにかくご苦労だった。ゆっくり休むと良い」
「はい」
僕は素直に返事はしたけれど、本当にゆっくり休めるとは思っていなかった。心配事が解決した訳じゃないし、まだエンピリアンも残っている。
これからエンピリアンは更に東へ移動して、東京に行くんだろうか? 東のエンピリアンと、連れ去られた日富さん……F機関としては、どっちを優先するんだろう? 日本の治安という意味では、東のエンピリアンなのか?
思考がまとまらない。エンピリアン、アキレウス、東京、線路、公安、F機関、C機関、日富さん、ヘラクレス……色んな事が思い浮かぶけれど、どれも今すぐにはどうにもできない事だし、何の役にも立たない。
焦ってばかりで不快だ。気分が悪い。
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