3

 バスターミナルで僕は海沿いの道路に佇む一人の男に目を付けた。サーチ機能も彼をロックしている。サングラス越しに彼の頭部は真っ赤に見える。まるで後光が差しているみたいだ……。真っ昼間なのに、全体が夕焼みたいなあかに染まっている中で、太陽の様に真っ赤な男。

 彼は日本人に見える。エンピリアンの一人は日本人だった?


「こいつが……エンピリアンなのか?」


 真桑さんは僕に聞いて来たけれど、僕にだって分からない。ただ一つだけ、この人が超能力者だという事以外は……。

 僕は無力化のフォビアを意識しながら、海を見ている男に話しかけた。


「エンピリアンだな?」


 男はゆっくりとこちらを向く。


「ああ。そういうお前は……ニュートラライザーだな」


 彼とは初対面だったけれど、声には聞き覚えがあった。


「アキレウスか」

「ご明察。隣の奴は公安だな?」


 真桑さんの事を言っているんだろう。

 当の真桑さんは緊張した顔で、アキレウスを見詰めている。

 数秒の間を置いて、真桑さんは右腕を真っすぐ伸ばしてアキレウスに向けた。


「お前達の目的を言え」

「俺達の目的はずっと変わらない。神になる事さ」

「放火事件も?」

「全ては神になるための道だ。それで……どうするんだい? 俺を逮捕したとして、果たして犯行を証明できるかな?」

「俺にはマーダーライセンスがある」

「知ってるよ」


 アキレウスは少しも恐れていないみたいだ。

 でも、超能力は僕が封じている。何か他に手を隠しているのか? まさか、近くに仲間がいる?

 僕が周囲を警戒し始めた時、対岸の公園で黒煙が上がった。


「公安さん、あんたは無実の人間を殺せるのかい?」

「無実だと?」

「今までの火事は俺が起こしたんじゃないんだ」

「相方の仕業だってのか?」

「ははは、そんな事も分からないで銃を向けるのか」


 銃って――手を向けているだけじゃないか?

 いや、そんな事より火事をどうにかしないと。近くに他の仲間がいるなら、そいつもどうにかする必要がある。だけど……どうすれば良いんだろう? 本当にここで殺してしまうのか?

 真桑さんはどんな判断を下すのか、僕は緊張して事の成り行きを見守った。

 真桑さんは淡々とアキレウスに答える。


「共謀罪って知ってるか?」

「俺が何を共謀したって?」

「お前はエンピリアンだ」

「だからって、問答無用で有罪にはできないぜ。教祖が有罪なら信者も全員有罪か? そうはならない。法律を勉強し直した方がいい」


 次の瞬間、アキレウスは左胸を押さえて蹲った。

 その手の隙間からは赤い液体が溢れ出す。


「お前……!」

「マーダーライセンスは超法規的措置だ。法律は関係ない」

「日本の警察が……」

「俺達は公安C課だ。C課のCは能力、常現象、そして法規のC」


 アキレウスは眠る様にゆっくりとその場に倒れて動かなくなった。脳波が少しずつ弱くなって、サングラス越しの色は赤から黄、緑、青と変化して行く。

 真桑さんは淡々と僕に言う。


「さて、次に行こう。奴の処分は他に任せる」

「……本当に殺して良かったんですか?」


 僕は真桑さんに聞かずにはいられなかった。

 途端に真桑さんは苦笑いを浮かべて言う。


「良くなかったかも知れん。もう一人は放置して、あいつだけでも連行した方が良かったかも」

「そんな今更……」

「そう、今更だ。次に行くぞ」


 真桑さんは対岸の火事に目を向けている。

 敵はアキレウスだけじゃない。後悔も反省も後回しだ。今は目の前の脅威を何とかしないと。

 僕は真桑さんの言葉に頷いて、一緒に他のエンピリアンを探す事にした。


 Y駅の周辺には、もうエンピリアンらしい反応は無い。近くを歩いている人の脳波も青から水色、時々緑色が見付かるぐらいで、黄色や赤は全く無い。

 遠くを見渡そうにも、高いビルが多くて視界を遮られる。気軽に立ち寄れる展望台みたいな所も、地元民じゃないから分からない。

 取り敢えず、僕と真桑さんは走って対岸の公園に向かった。


 移動中、真桑さんはスマートフォンで誰かと連絡を取り合う。

 多分だけど、相手は公安の仲間だろう。その様子を横目で見ながら、僕は考え事をしていた。

 アキレウスは囮だったのかも知れない。敢えて目立つ場所で待ち構えている事で、もう一人に確実に仕事をさせるための……。考え過ぎか?


 僕達が人道橋を渡って対岸に着いた時、今度は駅の北方面で黒煙が上がった。

 ああ、もう! どっちに行けば良いんだよ!

 僕と真桑さんは足を止める。やっぱり高いビルが邪魔で、生体電磁波が放射されている中心を特定できない。

 相手は駅から少し離れた低い位置にいるに違いない。もしかしてどこか地下にいたりするのか?

 僕が焦っていると、真桑さんがスマートフォンを取り出した。仲間から連絡が来たらしい。


「こちらチーム『本格』、何かありましたか?」


 ホンカクって変なチーム名だな。何が「ホンカク」なんだろう?

 そう思っていると、急に真桑さんが高い声を上げる。


「……えぇっ!? マジですか!」


 びっくりする僕の顔を見て、真桑さんは表情を強張らせた。


「はい。分かりました。すぐに向かいます」


 通話を終えた真桑さんは、改めて真剣な顔で僕を見る。


「向日くん、落ち着いて聞いてくれ。ウエフジ研究所がある久遠ビルディングが襲撃された」


 僕は驚きの余り、声が出なかった。全部陽動だったっていうのか? とにかく、今すぐ戻らないと。

 僕の考えを読んでいたのか、真桑さんは僕が言葉を発するより先に告げる。


「急いで帰るぞ」

「はい!」


 連中は何を考えてるんだ? 人質でも取ろうってのか? 皆、無事でいてくれ。

 そう願いながら、僕と真桑さんは車に乗って大急ぎでS県H市に引き返す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る