対決! アキレウス

1

 翌日、やっぱり火事は東へ東へと移動していた。

 夜間こそ何も起こらなかったけれど、朝のニュースでK県のO市で火災発生という速報が入る。その二時間後にはK市で……。

 僕は出動しなくて良いのかと、自分から真桑さんに電話した。


「真桑さん、まだ出なくて良いんですか?」

「少し待ってくれ。上澤博士からストップがかかっている」

「上澤さんが!?」


 上澤さんが言うならしょうがない。何か考えがあっての事なんだろう。そう思える程度には、僕は上澤さんを信頼している。だからって、焦る気持ちが無くなる訳じゃないんだけど。



 一時間後に、僕と真桑さんはようやく研究所を出発できる様になった。

 上澤さんは出発前に、僕に小包を渡した。


「これは?」

「君が欲しがっていた物だよ。それじゃ、行ってらっしゃい。気を付けて」

「はい」


 僕は上澤さんに背中を押されて、真桑さんの車の助手席に乗り込む。シートベルトを締めて、さあ発進。


「向かう先はY市だ。飛ばして行くぞ」

「はい」


 真桑さんはインパネの赤いスイッチを押した。車の天井でカタン、コトンと何かが作動する音がする。


「今のは何したんですか?」

「パトランプを出したんだよ。これからカッ飛ばして行くんだ。ランプとサイレンが無かったら、交通違反になるだろう」

「この車、覆面パトカーだったんですか?」

「そうだよ」

「真桑さんが私用で使う車だと思ってました」

「私用車だったら、もう少しセンスの良い車を選ぶ」


 真桑さんは苦笑いすると、アクセルをぐっと踏み込む。同時にサイレンがけたたましく鳴り、加速度が働いて僕は軽く助手席に押し付けられる。


「それより、上澤博士に何をもらったんだ?」

「開けてみない事には……」

「何か知らないが、大事な物なんだろう? とにかく開けて確かめてみなよ」


 このまま大事に抱えていてもしょうがないから、僕は小包を破って開けてみた。

 あれだな、クリスマスプレゼントを開封する気分だ。中からプチプチ……緩衝材に包まれた箱が出て来る。

 緩衝材を剥ぐと、箱の表面にサングラスの写真がプリントしてあるのが見えた。


「これは……多分、生体電磁波観測装置ですね……」

「高い奴か?」

「3000万円強とか」

「壊すなよ」


 真桑さんは冗談めかして僕を脅す。


「分かってます」


 僕は箱を開けて、サングラスを取り出した。

 グラス部分は3mmぐらいの厚みがあって、フレームには何個かスイッチが付いている。取扱説明書を読んで、使い方を調べておこう。


 僕はサングラスを装着して、あれこれと動作確認をした。

 右のフレームで生体電磁波センサーのモードを切り替えられる。生体電磁波を感知すると、水色・青・緑・黄色・オレンジ・赤・紫と色分けして表示する。水色が一番弱くて、紫が一番強い。成程。

 左のフレームで感度調整。敏感にすれば弱い脳波も読み取れるけれど、余計なノイズも入ってしまう。逆に鈍感にすれば、ノイズは入らないけれど、強い脳波しか読み取れない。一長一短か……。取り敢えず、真ん中ぐらいにしとこう。


 サングラスをかけた僕を横目で見て、真桑さんは小さく笑って言った。


「カッコイイな。俺のより高性能なんじゃないか?」

「それは分かりませんけど……」

「俺も双眼鏡タイプより、サングラスタイプの方が良かったなぁ……。どうだ、交換してみないか?」

「ダメですよ。借り物ですから。お互いに」

「ははは、冗談だよ、冗談」


 真桑さんは高速道路に乗って、真っすぐY市に向かうみたいだ。そうでもしないと間に合わないという判断だろう。この速度だとY市に到着するまで二時間と少し。

 その間に、H市とT市で火事が起こる。だけど、Y市まではまだいくつかそれなりの規模の市が間にある。

 Y市に入った所で、僕は真桑さんに言った。


「ちょっと先回りし過ぎたんじゃないですか?」

「そうかもな」

「東京に行くだけなら、ここを通らずに別の路線を使うかも知れません」

「そうだな」


 真桑さんは少し自信が無さそうだ。


「良いんですか?」

「……本庁の動きが鈍いんだ。広域捜査網を布かずに、県警に処理を任せている」

「何故……? やっぱり超能力の事は内々に処理しておきたいんでしょうか?」

「エンピリアンは日本の統治機構に深く食い込んでいるのかも知れない」

「今までそんな話は……」

「聞いた事が無いか?」

「はい」


 上澤さんも日富さんも、そんな話はしなかった。いや、上澤さんは何か知っててもおかしくないんだけど。あ、そう言えば……。


「話は変わるんですけど……真桑さん、殺人許可を持ってるって本当ですか?」

「誰から聞いた?」

「上澤さんから……」


 真桑さんは小さく息を吐いた。


「本当だ。それがどうした?」

「いや、その……本気でエンピリアンを殺すんですか?」

「ああ」


 厄介な敵だから、何もさせない様に、何かをする前に、殺せるなら殺してしまう。そうするのは分かる。分かるんだけど……。

 僕は嫌な気持ちになった。まだ僕は人の死を受け止められない。モーニングスター博士の時に覚悟を決めたはずなのに。他人が殺すのと、僕自身が殺すのとでは、また違うんだろうか?


「俺は自分でもまだ新人だと思っている」

「はい……えっ、そうなんですか?」

「どうしてそんな俺に殺人許可証を持たせたのか、分からない部分もある」

「はい」

「だが、それが仕事ならやらざるを得ない」


 重苦しい空気になってしまった。

 僕は話題を変えようと、エンピリアンの話に戻る。


「連中がここに来るまで、何時間ぐらいでしょう?」

「T市からY市まで、主要な駅は五つ。飛ばしても三つ。三時間か四時間……もっとかかるかもな」

「夜になりませんか?」

「なるかもな。今の内に腹ごしらえをしておこう」


 真桑さんは最寄りのドライブスルーでハンバーガーを買った。

 二人で二個ずつ、計四個。


「もっと食べなくて良いのかい?」

「そんなにいっぱい食べられませんよ」

「俺なんか若い頃はがっついてたもんだがなぁ……。三個でも四個でも」

「若い頃って。真桑さん、新人でしょう?」

「二十歳を越えたらおじさんだよ」

「そんな事を言ったら、僕もおじさんまで二年ちょっとしかありませんよ」

「ははは」


 そんな話をしていると、車内のラジオが緊急放送で火事を報せた。今度はF市だ。

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