7

 僕は上澤さんを真っすぐ見詰めて、真剣に問いかける。


「今さっき、できる限りと言いましたよね?」

「ああ」

「本当ですか?」

「対エンピリアンに必要だと、私が認めれば」


 よし、無理が通るか聞いてみよう。


「生体電磁波観測装置が欲しいんですけど」

「どんなタイプだ?」

「真桑さんが持ってる様な……」

「そう言われても分からないぞ」

「エンピリアンに対処するには必要なんです」


 どんなタイプか正直に答えたら、きっと渋られるだろう。高い物だから。どうにか先に言質を取れないかと僕が考えていたら、上澤さんが釘を刺して来た。


「今から発注しても、すぐに届く訳じゃないぞ。どうしても必要なら、真桑くんに借りれば良いじゃないか」

「いや、それが……」

「高い物だからダメと言われたか」


 ああ、見透かされていた。3000万円は欲張り過ぎたかな。でもエンピリアン対策に必要なのは事実なんだ。


「エンピリアンも超能力を使う時に、脳波を出すのは一緒なんです。だから――」

「ああ、分かっているよ。実はこんな事もあろうかと、どうにか予算をやり繰りして一つ買っておいたんだ」

「本当ですか!?」


 僕は喜び過ぎて思わず叫んでしまった。

 やっぱり上澤さんは凄い。先見の明があるよ。


「ありがとうございます!」

「しかし向日くん、貸与だよ。お値段、税込で3300万円だ」

「……はい」

「壊したらどうなるか、分かっているよね?」

「は、はい」


 真桑さんが持っているのと、性能は一緒ぐらいかな? 具体的な金額を聞いてしまった後だと、使うのが少し怖くなる。


「だが、持っているからには使わなければ意味が無い。君の命に比べたら安い物だという事を、よく覚えておいてくれ」

「はい」


 僕の命は少なくとも3300万円以上。そう言ってもらえるのはありがたいけれど、3300万円を弁償するのは避けたい。一括ではとても払えないし、完済まで何年かかるか分からないよ。想像もしたくない。



 とにかく生体電磁波観測装置を借りられる事になって、僕は一つ息を吐く。そして上澤さんに新たな質問をした。


「エンピリアンの目的について、何か分かった事とかありませんか?」

「私は一つの可能性を考えている。完全に推測ではあるが」

「それは……?」

「推測の根拠は三つある」


 上澤さんは中指と人差し指と親指を立てた。


「ところで、向日くんはモーニングスター博士に仲間にならないかと誘われていたんだったね」


 急に話題を変えられて、僕はびっくりしたけれど、冷静に答える。


「はい。でも、奴等の仲間になる気なんてありませんよ」

「『仲間を集める』と聞いて、君は何かを思い出さないかな?」


 上澤さんの問いかけに、僕は少し考えた。

 エンピリアンは仲間を必要としている? どうしてだ? で何かを思い出さないかって言われても……。 あれかな? モンスターを集めるゲーム?

 いやいや、そんな訳はないな。もしかして――!


「解放運動……?」

「モーニングスター博士は解放運動と繋がりを持っていたんだったね」


 解放運動の目的は超能力者が優位な世界を創る事だった。エンピリアンも同じだって言いたいんだろうか?

 上澤さんは明確な答えを言わずに話を進める。


「二つ目、エンピリアンが事件を起こした場所に共通点は?」

「線路沿いの大きな都市……」

「『大きな都市』という事は『人口が多い』。大勢の人の前でフォビアを使うと何が起こるんだったかな?」

「え……?」

「君は何かを思い出さないか?」

「……ちょっと分かりません」

「君なら察していると思ったんだが……。まあ、私も確証がある訳ではない。分からないなら分からないで、気にしないでくれ。どっち付かずの状態が一番悪い」


 僕になら分かる事なのか? 気にするなって言われてもなぁ……。どっち付かずがいけないって言うなら、最初から思わせ振りな事を言わないで欲しいよ。


「三つ目、どうしてエンピリアンは『半神』なのか? 『神』ではなく」

「『根源世界』にアクセスできないから……じゃないですか?」

「つまり神を目指すなら、根源世界にアクセスできないといけない訳だ。どうやってアクセスするつもりだろうか?」

「さあ……僕にはさっぱり」

「まじめに考えてくれよ」


 上澤さんは眉を顰めて、僕を窘めた。

 考えれば答えは出るって事だろうか?

 エンピリアンには学習能力がある。だったら、根源世界にアクセスできる超能力者から何かを得られる?


「PPAで言うカテゴリーAの人を狙う……とか」

「そうだな」

「カテゴリーA――って、ちょっと良いですか? エンピリアンは解放運動と接触していたんでしょう? だったら、バイオレンティストから根源世界にアクセスする手段を学習できたはずです。あの人もAだったんですよね? ……もし本当に学習できるならの話ですけども」


 僕の話を聞いた上澤さんは、数秒だけ動きを止めた。そして改めて語り出す。


「……成程、それもそうだ。つまり根源世界へのアクセスは、そうそう容易ではないという事になるな。元々抜け道とは個人の専用通路の様な物だ。誰でも通れるという訳ではない」

「でも、エンピリアンは他人の個人世界と個人世界を繋ぐ抜け道を、自由に通れる訳ですよね?」

「そうとも限らないぞ。個人世界の中にも浅い部分と深い部分がある。エンピリアンと言えども、個人の心の底まで全て見通せるとは思わない」

「そう……なんですか?」

「もし完全に心の中まで読めるなら、もっと君に対して効果的な対処法を講じているはずだろう」

「そうですよね……」


 僕が考え事をして突っ立っていると、上澤さんは不思議そうな顔をして僕に問いかけて来た。


「向日くん、まだ何か?」

「その……エンピリアンに対抗する秘策みたいなのって、無いんですか?」

「あったらとっくにやってるよ」


 だよなぁ……。

 僕が密かに溜息を吐いて肩を落とすと、急に上澤さんが声を上げた。


「あっ! 一つ、これだけは言っておかなければいけなかった」

「何ですか?」

「真桑くんの事だが、彼には第二種二類マーダーライセンスが発行されている」

「何ですか、それ?」

「殺人許可証だ。第二種二類は期限付で特定の人物や団体所属員を殺害する許可」

「それってエンピリアンですか?」

「そうだ。彼は自分の判断でエンピリアンと認めた人物を殺害できる――いや、殺害


 ……真桑さんはエンピリアンを発見したら殺すつもりだった? 昨日・今日とエンピリアンに遭遇しなかったのは、寧ろ幸運だったかも知れないのか?


「どうしてそんな許可が……」

「エンピリアンと遭遇した時に、いちいち上にお伺いを立てる余裕は無いからだ」

「はい。それは確かに、そうですね」

「だが、気になる事がある」

「え……?」

「マーダーライセンスはここ数年で濫発されている」

「解放運動とか、外国のフォビアとか、厄介な事が立て続けに起こったからじゃないですか?」

「そうかも知れない。しかし、もう一度公安を洗ってみる必要があると思う」


 また公安の中に裏切者がいたりするんだろうか?

 僕は不安になる。


「真桑さんは大丈夫なんですよね?」

「彼は……まあ、大丈夫だろう。一条いちじょう府道ふどうくんの部下だからな」


 アクセントがおかしいぞ? 『一条』と『府道』じゃなくて、『一条府道』で一つの言葉みたいだ。


「一条・府道さん?」

「区切りが違う。正しくは一条府道銀閣寺ぎんかくじ真事司まことのつかさだ」

「えーと、どこまでが名字?」

「名字は近重このえ。一条府道銀閣寺真事司は称号みたいなものだ」


 日本人だよな?

 怪しむ僕を上澤さんは笑う。


「本人は至って普通の現代人だよ。仕事柄、本名を伏せている事が多いから、皆それぞれ好き勝手に呼んでいるんだ。『一条』とか『銀閣寺』、『真事』、『司』とか」

「その人は信頼できる人なんですか?」

「ああ、少なくともおかしな思想に染まったりはしない。それなりの経験もあって、良くも悪くも凡人だからな」


 名前以外は凡人?

 取り敢えず、真桑さんは大丈夫だという事と、エンピリアンに対して殺害許可が出ている事……この二つは記憶しておこう。

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