6

 僕達が駅に着くまでの数分間に、街のあちこちで火の手が上がる。

 そしてようやく駅に着いた頃には……。


「チッ、逃げられたみたいだな」


 真桑さんは苦い顔で舌打ちした。

 一本の電車が東隣の駅に向かって発車して遠ざかって行く。プラットフォームは電車から降りた人と、次の電車に乗り込む人でごった返している。電車に乗って逃げたのか、人に紛れて逃げたのか分からないけれど、手がかりもなく探す事はできない。

 真桑さんは念のために、生体電磁波観測装置で通行人をざっと見た。でも、怪しい人は見付からないみたいだ。

 僕は真桑さんに尋ねた。


「どうします? また先回りしますか?」

「いや……今日は切り上げよう」

「そんなんで良いんですか? 明日にでも東京で何かやらかすかも知れないのに」

「収穫はあった。それを報告するのが先だ」

「生体電磁波の事ですか?」

「ああ。エンピリアンも超能力を使う際に強力な生体電磁波を発する。見分ける事は可能だ。後は人海戦術で追い詰められる。科学の勝利だ」


 エンピリアンの超能力も一応は科学なんだけど……。やっぱり真桑さんの中では、魔法みたいななんだろうか?

 まあ、誰でも使えるって訳じゃないからな。


「もしかしたら逮捕の時には、また君の力を借りる事になるかも知れない。その時は頼む」

「はい」


 僕は小さく溜息を吐いて答えた。

 真桑さんは「もしかしたら」と言ったけれど、そこは余り当てにしていない。多分――かなりの高確率で、僕はエンピリアンと決着を付けないといけない。それは覚悟している。



 取り敢えず、その日は一旦ウエフジ研究所に帰る事に。

 研究所に着いた時には、もう日が暮れて夜になっていた。

 食堂で夕食を取った直後に、僕は上澤さんに副所長室に呼び出される。


「済まないね、向日くん。時間外なのに来てもらって」

「時間外……?」

「勤務時間だよ。通常勤務は午前九時から午後五時までなんだ」

「ああ、そうでしたね」


 そんな事、すっかり忘れていた。今まで出張やら何やらで、勤務時間とか関係ない仕事が多かったからなぁ……。


「さて、話というのはエンピリアンの能力に関してだ」

「はい。何か新しい事が分かったんですか?」

「君のお蔭だよ」

「あっ、はい」


 他人を中継局にして超能力を使う事だろうかと、僕は予想した。


「昨日の君と真桑くんの報告で、エンピリアンが他人を中継してテレパシーを送っている事は分かった。そこから多くの事が推測できる」

「はい」

「私達は当初、エンピリアンのテレパシーは距離を無視すると想定していたが、実際は違う様だ」

「そうですね」

「半神の天上人を名乗るからには、私達が想定する限りの最高レベルの超能力者だと思っていた。だが、実際はそうでもなかった訳だ」

「最高レベルって、どんなのですか?」

「既存の物理法則に囚われない……PPA分類でいうカテゴリーAの能力を全て極めた様な連中を想定していた」


 PPA分類のAっていうと、精神や物理への干渉を超越して、観念を現実に反映させられるんだっけ? 物理に囚われず距離も無視して働くとか……。


「物理を超越したフォビアの現象をどうにか科学的に説明するために、私達フォビアの研究者は『精神世界』という概念を利用した。人間は――いや、あらゆる生命……それも違うな、までも含めて、全ての根源とも言える世界があるのではないかと」

「あるんですか?」

「実際に存在するかは分からない。仮想世界だよ。そういう世界があのではないかと仮定したんだ。個人個人の精神の世界は独立しているが、どこかで他の誰かや何かと繋がっているパイプの様な物がある。そんな風に考えてくれ。個人的な認識の世界を『個人世界』、パイプの様な物を『抜け道』という。大事な話だから、ちゃんと聞いてくれよ」


 上澤さんの問いかけに、僕はびっくりした。話を半分聞き流していたのが、バレていたみたいだ。


「フォビアは自分と他人の個人世界が抜け道で繋がっているために起こる。そういう理解の仕方もある。『個人世界』は個人の脳内の世界……記憶と認識から成る。では『抜け道』は何かと言うと、これまでは脳波と考えられていた」

「今は違うんですか?」

「明らかに脳波が届かない範囲で起こるフォビアに関連した現象の説明が付かない。精神を持たないはずの物質にまで干渉できるフォビアがあるのもおかしい。だから、精神世界の延長に全ての根源となる世界、『根源世界』があると仮定した」

「根源世界……」

「飽くまで仮定の話だ。学会の中でも意見が分かれている。だが、エンピリアンを名乗るからには、モーニングスター博士は根源世界にアクセスできる手段を見付けたのではないかと、そう考えていた訳だ」

「でも、実際は……」

「そんな事は無かった。モーニングスター博士の脳も普通の人間とは違う特徴を持っていたが、フォビア程の激しい変形は見られなかった」

「つまり、僕のフォビアで奴等を完封できるかも知れないって事ですよね。真桑さんから聞きました」


 僕の発言に上澤さんは驚いた顔をする。


「真桑くんが話したか……。確かに、超能力の強さではフォビアがエンピリアンを上回るだろう。しかし、決して侮ってはいけないぞ。エンピリアンは超能力の強さでは劣っても、複数の超能力が使えるという強みがある」

「はい、分かっています」

「気を付けてくれ。こちらでもできる限りのサポートをする」


 上澤さんの言葉を聞いて、僕は少し考えた。

 今、「できる限り」って言ったよな? だったら、お言葉に甘えてサポートしてもらおうじゃないか?

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