5
僕と真桑さんは二時間かけて、A市内に着く。まだここでは火事が起こっていないみたいだけど、移動中にN市で火災が発生したという情報が入った。その時はN市を少し通り過ぎた後だったから、真桑さんは得意顔で頷いていた。そして真桑さんの計算通り、次の火事が起こる前にA市に到着できたって訳だ。もしかしたらA市をすっ飛ばして、隣の市で火事が起きるかも知れないけれど……。
「さて、向日くん……これまでの火事のパターンは覚えているかな?」
「駅の周辺ですよね」
「それは分かってる。駅の周辺のどこが狙われると思うか聞いてるんだ」
僕はH市とS市の火事の様子を思い返した。
「一つは『高い建物』でした」
「この辺で一番高い建物は?」
「地元じゃないから分からないですけど、あそこのタワーマンションとか……」
僕がざっと見た限りで一番目立つ大きなタワーマンションを指差すと、真桑さんは同意して頷く。
「そこで張っていようか」
真桑さんは駅の近くの駐車場に車を置いた。そこから僕と真桑さんは徒歩で、すぐそこに見える一番高いタワーマンションに向かう。
本当にエンピリアンが現れるのか、僕は半信半疑だった。
仮に現れたとして、果たしてその辺の通行人と見分けが付くのか? そもそもエンピリアンはどこからどうやって火を着けるつもりなのか? 僕はいつから無力化の能力を使っておけばいいのか? 分からない事だらけだ。
何か策はあるのかと、僕は真桑さんに尋ねる。
「どうやってエンピリアンを見付けるんですか?」
「科学の力を使う」
「科学?」
「向日くんは脳波を遮断するヘッドギアを着けてくれ」
僕は言われた通りに、脳波を遮断する方のヘッドギアを被った。
一方で真桑さんは小型の双眼鏡の様な物を取り出して覗き込む。
「それ、何ですか?」
「OEMWセンサーカメラ、日本語で言うと生体電磁波観測装置」
「バカ高い奴ですか?」
「そうだよ。3000万円ぐらいする」
「どこからそんなお金……」
「備品だよ。経費で買った。自腹で買える訳ないだろう。壊したら弁償だから、注意してくれよ。俺の貯金と退職金が全部吹っ飛んでも間に合わないからな」
注意って言われても……。
真桑さんは生体電磁波観測装置で、通りすがりの人達を観測し始めた。観測すると言っても双眼鏡みたいなのを覗き込むだけなんだけど、これって変質者と誤解されないだろうか? 公安だからって見逃してもらえるとは思えない。警察の不祥事とか、時々ニュースになってるよ。
今の真桑さんは事情を知ってる僕の目から見ても怪しい人だ。どうか警察に通報されません様にと祈っておく。
一方で僕も何もしない訳にもいかないから、僕は通行人の中に怪しい人がいないか探す事にする。真桑さん一人だと見落とす事があるかも知れないし。
特に注意するのは外国人だ。最近では街中で外国の人を見かける事もそんなに珍しくはなくなって来たけれど、それでも日本人よりは少ない。
外見だけじゃなくて、話す言葉や仕草からも怪しい人を探す。
十分が過ぎ、二十分が過ぎる。まだ何も起こらない。
外国人は何人も見かけたけれど、エンピリアンかどうかは分からない。超能力を使わなければ、普通の人と変わらないんだから。……いや、生体電磁波観測装置を通して見ると、何か他の人と違ったりするんだろうか?
そんな事を考えていると、真桑さんが声を上げた。
「……何だ、これは?」
「どうしたんですか?」
「生体電磁波が……」
「生体電磁波が何か? エンピリアンが見付かったんですか?」
「いや、違う。これは……」
真桑さんは困惑するばかりで、何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
真桑さんには何が見えているんだ?
「何なんですか? ちゃんと説明してくださいよ」
「そこら中の人間が通常より高い生体電磁波を発している。まさか、機械の故障じゃなけりゃ、こいつは……」
「まさか?」
「エンピリアンはテレパシーだけじゃなくて、その他の超能力も他人を媒介にして使えるのか!?」
何て事だ! これじゃエンピリアンを特定できない!
僕達が驚愕している間に、タワーマンションの敷地内から火の手が上がった。
真桑さんはすぐに消防に通報して、改めて僕に向かって言う。
「一人一人の生体電磁波は弱くても、大勢の人の生体電磁波を集めて、強力な超能力にしているんだ」
「発信源は分からないんですか?」
「あっちだ」
真桑さんが指差したのは、駅方面だった。
「一体どんな風に見えているんです?」
「サーモグラフィーと似ている。超能力を使う際に検出される脳波を観測して、色付けする。弱ければ青、強ければ赤という風にな。今、駅方面がうっすらと緑色がかっている。微弱だが広範囲に脳波が拡散している」
「そうなんですか……」
もしかしてエンピリアンは電車で移動していて、駅からは一歩も出ていないんじゃないか? だから街中をいくら探しても、怪しい人は見付からない。
……あり得るな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます