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 H駅の周辺で火事があった翌日、午前十一時。今度は東のS市で火事があった。

 エンピリアンは東に移動しているのか? 最終目標は東京? それとも全くの別件なのか?

 僕はニュースを見て、不安な気持ちに駆られた。

 エンピリアンの目的は何なんだろう? 僕を誘き出すため……にしては、度が過ぎていると思う。日本で暴れる事に何のメリットがあるんだろうか?

 分からない。だから、不安になる。


 S市での火事でも、僕と真桑さんは現場に出動した。そしてS市内のS駅周辺の火事の様子を見て回る。

 H市の時と似ているけれど……同一犯の仕業かは分からなかった。エンピリアンも見付からない。僕は例のヘッドギアを装着していたけれど、テレパシーでの会話も聞こえなかった。テレパシーを傍受される事を警戒したんだろうか?

 悪ふざけの模倣犯の可能性は低い。白昼堂々わざわざ人通りの多い駅前で放火するのは、リスクが高過ぎる。誰が見ているかも分からないし、監視カメラもあるというのに。



 現在の時刻は午後二時。結局、何の手がかりも無く帰ろうとしていた時、真桑さんのスマートフォンが鳴った。


「向日くん、ちょっとゴメンよ」


 真桑さんは僕に一言断りを入れてから、呼び出しに応じる。

 通話を始めてから、真桑さんの顔が少しずつ険しくなる。一分程度の通話を終えた真桑さんは、真顔で僕に言った。


「F市で火災だとさ」

「急ぎましょう」


 僕はF市に向かおうと言ったけれど、真桑さんは同意しない。


「今から行っても手遅れだと思う。それよりは先回りしないか?」

「先回りって……」

「連中が次に狙うとしたら、どこだと思う?」


 真桑さんの考えは分かるけれど、そんな事を聞かれたって困ってしまう。

 いや、「分からない」で片付けちゃいけない。自分の頭で考えるんだ。犯人が東に移動しながら、それなりに大きな市で火事を起こしているなら、F市の次は……。


「N市か……A市?」

「よし、A市に行ってみよう」


 僕には自信が無かったんだけど、真桑さんは迷わず頷いた。即断即決で良いのかと思ってしまう。


「もし違っていたら……」

「その時はその時だ」


 僕は真桑さんが運転する車でS市からA市まで移動する事に。



 道中、僕は助手席から真桑さんに問いかけた。


「エンピリアンの目的は何なんでしょうか?」

「君を誘き出す事ではなさそうだな……」

「ええ。それに日本という国に深刻な打撃を与える事でも、多くの人を殺す事でもないみたいです」

「そういう目的だったら、もっと効率の良い方法があるからな。火事にしても、小火ぼやで収めたりはしない」

「どっちかって言うと、愉快犯みたいに思えます。多くの人が集まる場所で事件を起こして、注目されるというか……」

「言いたい事は分かるぞ。メッセージなんだろうな?」


 本当に愉快犯だとするなら、社会を騒がせる事そのものが目的だ。でも、神に近いエンピリアンを名乗る者の行いとしては、俗的というか……しょうもなさ過ぎる。


「日本人に神様が現れたと教えるため……だったり?」

「神様なら、もっとそれらしい事をしてもらわないと。あちこち放火して喜んでるだけじゃなぁ」

「ああ、確かに」


 僕は妙に納得して笑ってしまった。

 だったら、何だろう? 東へと移動しながら放火する事に何の意味が? やっぱり東京に何か用があるのか?


「真桑さん、このままエンピリアンが東に移動すると、どうなりますか?」

「やがては東京に行き着くんだろうな」

「東京で何をするんでしょう?」

「何でもできる。国会でも皇居でも省庁でも、どこを攻撃されてもおかしくない」

「やっぱり……日本を動かしている首脳を暗に脅迫をしているんですかね?」

「そういう見方もできなくはない。このまま警察もエンピリアンを捕らえる事ができなければ……」


 真桑さんは深刻そうな表情で呟いた。

 真桑さんも警察の一員だから、エンピリアンを野放しにはできないと強く思っているんだろう。


「もしかして、焦ってますか?」

「……多少はな」


 僕が問いかけると、真桑さんは渋い顔をして肯定する。エンピリアンを止められなければ、警察の威信に傷が付く。超能力だろうと何だろうと、警察は国内の犯罪をどうにかしなければならない。真桑さんの気持ちも分からなくはないけれど、一つだけ言っておかないといけない。


「でも真桑さん、僕は二人以上のエンピリアンには対抗できないかも知れません」

「分かっている」

「何か策はあるんですか?」

「……一つ、上澤博士からエンピリアンに関して重要な話を聞いた」

「何ですか?」

「エンピリアンはフォビアではなく、超能力者だろうと」

「フォビアじゃなくて超能力者だと、何かあるんですか?」


 僕だってフォビアと超能力者の違いぐらいは知っているし、エピリアンがフォビアじゃないという話は聞いた。

 フォビアも超能力の一つで、恐怖症に由来するのがフォビア、そうじゃなければ普通の超能力だ。


「エンピリアンはフォビアから超能力を学習するが、それはフォビアと全く同質の物ではない……らしい」

「どういう事なんですか?」

「フォビアは脳の形状が普通の人間とは違う。それは超能力者も同じらしいんだが、フォビアの方がいびつだという。フォビアは一つの能力に特化している分、その能力だけは飛び抜けて強いそうだ。エンピリアンも自分の脳の構造まで自在に変えられるとは考え難い」

「だから……エンピリアンと二対一になっても、僕の能力が上回ると……?」

「俺はそう考えている。多分だが、上澤博士も」


 いや、仮にそうだとしても、ぶっつけ本番は怖いよ。能力の強弱を調整する方法も分からないのに。そもそも確信を持っている訳じゃないから、上澤さんは僕に何も言わなかったんじゃないか?

 でもエンピリアンが複数人いると判明してからも、上澤さんが僕に何も言って来なかったのもまた事実だ。それは信頼……なのか?

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