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エンピリアンのテレパシーは距離の概念を無視するんじゃない。その辺を歩いている普通の人達を中継局にする事で、テレパシーをリレーさせて遠距離まで届かせているんだ。
僕は意外な発見を伝えるために、真桑さんに呼びかけた。
「真桑さん、分かったかも知れません」
「何だ? エンピリアンの居場所か?」
「いや、そうじゃなくて……テレパシーのカラクリです」
「カラクリ?」
「エンピリアンは人間を中継局にして、テレパシーを届かせているんです」
「どういう意味だ?」
「やっぱり脳波が届く範囲は限られているんですよ。だから、他人の脳を中継して、遠くの仲間と通信しているんです」
「……それで、つまり?」
僕にとっては大発見のつもりだったんだけど、真桑さんにとってはそうじゃなかったみたいだ。
僕はちょっと気落ちする。
「エンピリアンも所詮は人間だって事です。人知を超えたスーパーパワーを持っている訳じゃない」
「自然発火とか、俺にとってはスーパーパワーだけどなぁ……」
「それでも範囲は限られているんです。何か起こる時には、奴等もすぐ近くにいるという事」
「まあ、そりゃそうだろう」
真桑さんは淡々と答えた。
……大発見の興奮はすっかり冷めてしまう。はぁ、とにかくエンピリアンを見付けよう。どこか近くにアキレウスがいるはずだ。必要以上に連中を恐れる事は無い。僕と真桑さんとで二対一なら、何とかなる。
だけど、もう一人いたら?
「真桑さん、僕はテレパシーで二人の会話を聞きました」
「二人?」
「一人はアキレウス。もう一人はヘラクレスと言っていました」
「ギリシア神話か……」
「テレパシーで会話していたので、二人が同じ場所にいる可能性は低いんですけど、警戒はした方が良いと思います」
「それは……まずいんじゃないのか?」
「そうですね」
もし片方が僕の無力化を学習して僕のフォビアを封じたら、もう片方がノーマークになってしまう。絶対に僕が先手を取らないといけない。でも、エンピリアンはフォビア持ちの脳波を読み取れると上澤さんが言っていたから……。
脳波を抑えるヘッドギアが必要になるか?
「真桑さん、一度出直した方がいいんじゃないでしょうか?」
「出直す?」
「エンピリアンが脳波を読み取って、フォビアを学習するなら……。逆に脳波からフォビア持ちを感知する事もできるでしょう。だから、僕の脳波を読み取れない様にさせる必要があると思います」
「ああ、それなら持ってる」
真桑さんは腰に巻いたウエストバッグから、ヘッドギアを一つ取り出した。
「超能力者を確保した時に使う奴だ。三つあるから、一つは貸そう」
「ありがとうございます。でも、エンピリアンの二人はもう逃げたかも知れません」
「何だって?」
「さっきからテレパシーが聞こえないです。それにヘラクレスがアキレウスに撤退を促していました」
「……まあ、それでも怪しい奴を探すぐらいはしておこう。万が一という事がある」
「はい。それで、ヘッドギアはどっちを付けておくべきでしょうか? テレパシーを読み取る方? それとも遮断する方?」
僕の問いかけに、真桑さんは面倒臭そうな顔をする。
「自分の事だろう? 自分で考えろよ。どっちにしても俺のやる事は変わらない」
「……はい」
相手のテレパシーを読み取って情報を得るのを優先するか、脳波を遮断して不意打ちを防ぐべきか?
ここは安全を取って、脳波を遮断するヘッドギアに付け替えておこう。エンピリアンを探すのが難しくなるけれど、先制攻撃を受けたら取り返しが付かなくなる。
僕と真桑さんは野次馬に紛れて、駅周辺の火事の跡を見て回る。完全に焼け落ちた建物もあれば、ボヤで済んだ建物もあって、被害状況は様々だ。こういうのって防災意識の差だろうか?
真桑さんは警察や消防の人達に怪しい人を見なかったか尋ねている。僕はその間、怪しい人がいないか周囲を見張る。でも、僕達はエンピリアンの特徴なんか一つも知らない。
モーニングスター博士の関係者だから、欧米の人だろうと決め付けるのは危険だ。黙示録の使徒は南米に実験施設を持っていたし、各国に信者がいた。その中からエンピリアンになった者がいるかも知れない。日本人がいる可能性だって捨て切れない。モーニングスター博士は解放運動とも接触していたんだ。
そうなると……誰を警戒したら良いんだ? こちらも脳波でエンピリアンを見分ける事ができればいいんだけど……。
約二時間後、僕と真桑さんは何の成果も無く研究所に帰還した。帰りの車の中、僕も真桑さんも難しい顔で黙り込む。考えている事は同じだろう。どうやってエンピリアンを捕まえるか、僕達のやるべき事はそれだけだ。
今度は慎重に作戦を練って、入念な準備をした上で臨まないと、とてもエンピリアンとは戦えないだろう。それでも不安は少ない。エンピリアンのテレパシーのカラクリを見破った事が、僕の心を落ち着かせている。
敵に未知の部分が多いだけで、対処方法はある。希望的観測に過ぎないかも知れないけれど、戦う前から気持ちで負けてちゃいけない。
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