2
僕と真桑さんは車で移動中、駅方面で天に向かって何本も黒煙が立ち上っているのを目撃した。消防車と救急車のサイレンも引切りなしに聞こえる。
秘密裏に事を収めるのは不可能に近いと思う。……事後処理の問題を今から考えてもしょうがないな。僕がやる訳じゃないんだし。今はできる事をやらないと。
僕と真桑さんは駅前の駐車場で車から降りる。
「それで、真桑さん……エンピリアンはどこにいるんですか?」
「分からん」
「分からんって……」
「何かアイディアは無いか?」
「僕に聞くんですか? ……脳波を観測するとか?」
「こういう開けた広い場所で、微弱な生体電磁波を読み取るのは困難だ」
真桑さんは真顔で否定した。
でも、他に良い考えとか思い浮かばないぞ。
「とにかく現場に出てみるしかないですよ」
「超能力者同士で、何か無いのか? こう、テレパシーみたいな」
「そんなのできませんって。そもそも僕のは無力化です」
「通信を傍受するみたいに、テレパシーもインターセプトできないか?」
「だから、僕はテレパシーなんか使えませんって」
分からない人だなと僕は眉を顰める。今は一刻も早く火事の元を叩くべきなのに。
だけど、真桑さんは話を続けた。
「使えるとしたら?」
「使え……え?」
「ここに脳波を利用した疑似テレパシー装置がある。これで連中に呼びかけてみてくれないか?」
真桑さんは車のトランクから、ヘッドギアを取り出した。
形状は脳波を遮断するヘッドギアに似ている……けど、こんなのを被って出歩きたくないなぁ……。どう見ても怪しい人じゃん。
でも、嫌々言ってる場合じゃない。とにかく何でもやってみよう。
「分かりました。やってみます」
僕は真桑さんからヘッドギアを受け取る。
こんなのを用意してたって事は、真桑さんも色々と考えてエンピリアンとの戦いに備えてたんだな。
僕はヘッドギアを被って……真桑さんの顔を見る。
「――で、どうやって使うんですか?」
「分からん。俺は超能力者じゃないからな。取り敢えず、何か念じてみれば良いんじゃないか?」
何だかなぁ……。
しょうがないから、言われた通りに念じてみる事にする。集中して、強く。
目は閉じた方が良いのかな? 一応、閉じておこう。
――悪意の根源はどこだ? 聞こえるか? 反応しろ、エンピリアン!
そうすると……数秒後に応答があった。どこからともなく、頭の中に声が運ばれて来て反響する感じだ。
――誰だ? 誰が俺に呼びかけている?
男の人っぽい声質に、僕は驚いた。少なくともモーニングスター博士の娘のエヴァンジェラじゃないって事だ。
――エンピリアンか? 火事を起こしたのはお前か?
――だから、お前は誰だよ?
――僕は向日衛だ。お前達が探している無効化のフォビア。こそこそしてないで出て来い! 神だか何だか知らないが、僕が相手になってやる! お前達のふざけた計画も終わりだ!
――お前がムコー? 下手な挑発だな。俺はエンピリアンのアキレウス。ヘルメスの使徒だ。
――どこにいる?
――探してみろよ。待ってるぜ。
エンピリアンのアキレウスからのテレパシーは、それで終わってしまった。
僕は目を開けて周囲を見回す。だけど、怪しい人は見当たらない。
真桑さんが心配そうな顔で聞いて来る。
「どうだった?」
「エンピリアンのアキレウスという奴が近くにいます。でも、どこかまでは……」
「アキレウスってのは、どんな奴だ?」
「どんなって言われても……テレパシーだけなんで、何とも……。取り敢えず、男の人だって事しか……」
「男だな。分かった。ここでジッとしていても始まらない。とにかく探そう」
「はい」
本当に見付かるかどうかも分からないけれど、真桑さんの前向きな言葉は嬉しい。勇気付けられる。
僕がヘッドギアを取ろうとすると、真桑さんが止めた。
「待て。それは被ったままの方が良くないか?」
「え……?」
「どこかでテレパシーを傍受できるかも知れない」
「分かりました……」
確かに、テレパシーが聞こえる可能性はある。目立つのが嫌だとか、つまらない文句を言える状況じゃない。僕は渋々だけども、真桑さんの助言に従った。
街のあちこちで火の手が上がっているのに、そこら中に野次馬がいる。特に火事の周りには多い。警察や消防の人が、見物人が近寄らない様に規制線を引いている。
僕は野次馬の中から、奇妙な声が聞こえる事に気付いた。
「奴は現れたか?」
「どれが誰だか……。まあ、あっちも群衆から俺を見付ける事はできないだろう」
「一応の目的は達成した。余り遊ばずに、程々で引き揚げろ」
謎の会話が不気味にエコーしている。一人はアキレウス、もう一人は知らない男性だと思う。輪唱みたいで非常に聞き取り難い。明らかに、さっきアキレウスとやり取りした時とは違う。これはどういう事なんだ?
動揺して辺りを見回す僕に、真桑さんが尋ねて来る。
「向日くん? 奴が見付かったのか?」
「声が聞こえたんです。変な感じでした」
「変な感じとは?」
「エコーというか……同じ人が分身して、同じ言葉を時間差で喋っている様な……」
真桑さんは僕の話を聞いて、少し考え込んだ。
「疑似テレパシー装置だからな……。技術的な問題か? それとも……」
僕は改めてテレパシーに集中する。他にも何か聞こえるかも知れない。
「何をしている? 早くしろ、アキレウス」
「ヘラクレス、もしかしたら奴はエンピリアンに近付いているんじゃないのか? Fしか超能力を持たなかったはずが、テレパシーで俺に呼びかけたという事は……」
「仮にそうだとして、だから何だと言うんだ?」
聞こえた。やっぱり野次馬の集団から聞こえている様に感じる。
僕は群衆に近付いてみた。
「アメリカで奴が何をしたか知ってるだろ? もし……もし奴が俺達エンピリアンより高みにいるんだとしたら?」
「アキレウス、お前の話は分かった。だが、考えてもしょうがないことだろう」
聞き取り難いのは相変わらずだけれど、声が少しずつ大きくなっている。
これって……この場にいる人、一人一人がエンピリアンの会話をテレパシーで飛ばしているのか? だから、エコーやリピートみたいに聞こえる?
でも、野次馬が全員超能力者って事はないだろう。つまり……? 普通の人間を中継局みたいに使っているって事なのか? それで遠距離からでもテレパシーを使って意思疎通できる?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます