2
僕と上澤さんは会議室に二人だけになる。
上澤さんは他に誰も室内にいない事を確認して、僕に言った。
「先程話したエンピリアンの情報は全て日富くんが得たものだ」
「日富さんは今……」
「大丈夫だ。今は大事を取って休んでいるが、明日にでも復帰する」
僕は安心して、小さく息を吐いた。僕が油断していたせいで再起不能に追い込まれていたら、謝罪の言葉も見付からない。もうこれ以上、重い罪を背負うのは嫌だ。
「当時の事情は既に日富くんから聞いた。君と真桑くんが気絶した後、日富はモーニングスター博士と一瞬だが接触した。そこで日富くんはモーニングスター博士の本心を読み取ったのだ」
「読めたんですか? 一瞬で?」
「全てという訳ではないが……。モーニングスター博士の能力の種は割れた。それで話は変わるんだが、向日くん」
「はい」
「現時点での私達の考えでは、君だけがエンピリアンに対抗できる唯一の手段だ」
僕は返事に困った。「はい」と答えたいけれど、他にも手があるんじゃないのかとも思う。責任逃れと言うよりは、これしかないと決め付けて、可能性を狭めて欲しくない。これって……やっぱり責任逃れなのか?
「唯一……ですか?」
「唯一だ。君の無力化のフォビアに頼らざるを得ない」
「どうしてなんですか? 僕は一度、モーニングスター博士の無効化のフォビアに負けています」
「その事なら既に日富くんから聞いた。無力化を無効化されたんだったな?」
「はい」
「そして二度目は不意打ち」
「……はい」
僕は面目ない気持ちで俯いた。
もしエンピリアンが複数のフォビアを同時に使えるなら、僕のフォビアも余り役には立たない。先手必勝でフォビアを封じればいけるかも知れないけど、どっちが先制するかの賭けになってしまう。
ただでさえ、エンピリアンは感応力に優れているのに……。
上澤さんは不安がる僕に言う。
「超能力にも相性という物がある。食い合わせとか、嚙み合わせ、組み合わせと言っても良い。君の無力化のフォビアは、他の超能力との相性が最悪なんだ」
「最悪だと、どうなるんですか?」
「多くの超能力との併用が不可能になる」
「……つまり?」
「無力化のフォビアを使っている間は、エンピリアンでも他のフォビアは使えない」
「本当ですか? モーニングスター博士が日本語を喋ったのは?」
「あれは共感能力の基礎的な応用で、そこまで強力なサイコパワーを必要としない。事実、モーニングスター博士は君がフォビアを発動させている最中、物理に干渉するレベルの超能力は使わなかった。そうだろう?」
「本当に?」
「嘘は言わないよ」
「だから……僕が適任だって事ですか」
「その通りだ」
本当にその通りなら、そうなのかも?
何とかなりそうだと感じていた僕に、上澤さんは忠告する。
「しかし、注意して欲しい。どうやらエンピリアン同士は離れた場所にいても、高度なテレパシーで連絡を取り合える様だ。しかも距離に関係なく。モーニングスター博士は最期に、仲間にテレパシーを送りに行ったと思われる」
「こっちの情報は筒抜けって訳ですか」
「そうだ。モーニングスター博士は捨駒だった」
そんな事があるんだろうか?
エンピリアンにとって、モーニングスター博士は偉大な先駆者のはず。それを捨駒にするなんて……。そうまでして神に近付く価値があるのか?
神に近付くのはエンピリアン全体の目的で、それが達成されるなら誰が神になっても構わないとか? エンピリアンが全員テレパシーで繋がっているなら、そういう事もある……かも知れない。
真剣に考察している僕に、上澤さんは少し声を落として話しかけて来た。
「向日くん。日富くんはモーニングスター博士の過去も、一部だが読み取っていた」
「過去?」
「モーニングスター博士の家族の事だ」
「家族もエンピリアンだったんですか?」
「それは分からない。ただ、モーニングスター博士の妻と息子は交通事故で死亡していた」
「そう……でしたか……」
「日富くんが見たモーニングスター博士の心の中には、幸せな家族の肖像があった。博士が神に近付く目的は、そこにあったのかも知れない」
「どういう意味ですか?」
「仮にモーニングスター博士の目的が、死者に関する事だったとしよう。それに同調する者達とは?」
……いくら考えても僕には分からない。僕は素直に降参した。
「分かりません」
「まあ、ここで考えたところで本当の事は分からない。それは正論だ。しかし、心のどこかには留めおいてくれ。困難を解決する意外なヒントになるかも知れない」
敵の心理なんて分かっても……。
推理ゲームじゃないんだから、僕は名探偵にはなれないよ。フォビアでの無力化が有効なら、効いている内にやっつければいいじゃないか?
でも、一応は覚えておこう。
幸せな家族……。僕は父さんと母さんの事を思い浮かべた。そしてアキラの両親の事も……。
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