6

 二人が運び出されている間、僕の側に第二研究班の女性研究員の羽取はとりさんが小走りで駆け寄って来た。


「向日くん、何があったの?」

「モーニングスター博士にやられました。超能力で後ろからガツンと……」


 僕は後頭部を押さえて言う。まだ痛みが残っている。


「立って歩けそう?」

「はい」


 そう聞かれて、僕はすぐに立ち上がろうとしたけれど、よろりとバランスを崩してしまった。

 羽取さんが慌てて僕の体を支える。


「危ない、危ない」

「いや、大丈夫です。大丈夫……」


 一人で歩こうと思ったけれど、頭がくらくらして、一歩踏み出しただけで足が止まってしまう。視界がチカチカしている。


「大丈夫じゃないよね?」


 僕の様子を見かねたのか、羽取さんは呆れた声で言った。

 僕も現状を認めざるを得ない。


「そうみたいです……」

「ストレッチャーをもう一台!」


 羽取さんは残っている人達に呼びかける。

 僕は深い溜息を吐いて、その場に座り込んだ。何だか酷く疲れている。フォビアを使ったせいとは思えない。もしかして頭に衝撃を受けたせいなのか……。

 そのまま僕は眠る様に意識を失った。



 僕が目覚めた場所は、メディカルセクションの一室だった。

 頭の下には氷枕が置かれている。体を起こしてみると、日富さんと真桑さんも同じ部屋にいた。二人ともそれぞれ別のベッドに腰かけていて、僕に話しかけて来る。


「向日くん、大丈夫ですか?」

「ええ、まあ」


 僕が日富さんに愛想笑いで応えると、真桑さんが申し訳なさそうな顔をして言う。


「済まなかった、向日くん。君を守れなくて」

「いや……そんな期待してないんで」


 普通の人が未知の能力を持つ超能力者に、正面から立ち向かうのは無理だ。

 だから思っていた事を正直に言ったんだけど、「期待してない」は言い過ぎだったかも知れない。真桑さんは俯いて黙り込んでしまった。

 どうフォローすれば良いかも分からないから、取り敢えず話題を切り替える。


「お二人こそ、お体の方は大丈夫ですか?」

「ええ、私も真桑さんも無事……という言い方はおかしいですね。幸い、重傷ではありませんでした」

「それは良かったです。モーニングスター博士はどうなりましたか?」


 僕の質問の後、ちょっと間が空く。

 日富さんは一度、真桑さんを見た。俯いたままの真桑さんを確認すると、日富さんは小さく息を吐いて、僕に向き直って言う。


「死にました」

「……死んだ?」


 超能力者と言っても、所詮は人間だって事なんだろうか?


「死んだって……死因は? フォビアですか? それとも銃?」

「私も死体を確認した訳ではありませんが……死因はフォビアです」


 日富さんが答えるまでに、また少し間があった。言い難い事なのかな?


「一体誰の……」


 誰のフォビアで死んだんだ? 人を殺せるフォビアは限られているはず。

 弦木さん? 房来さん? 雨田さん? まさか穂乃実ちゃんじゃないだろう……。


「初堂さんです」

「あっ……そうでしたか……」


 そうだった。初堂さんも人を殺せるフォビアだった。上澤さんが言っていた「最悪の場合の手段」って、初堂さんの事だったのか……。もう初堂さんが自分のフォビアに悩まなくてもいい様にと、僕は考えていたんだけれど……。僕がもっとしっかりしていれば、初堂さんがフォビアを使わなくても良かったのに。

 でも、済んでしまった事はしょうがない。取り敢えず、モーニングスター博士の脅威は去った。

 だけど……これで安心して良いのか? それとも、今度はモーニングスター博士の娘のエヴァンジェラが、新たな脅威として僕達の前に立ちはだかるんだろうか……。

 僕は顔を上げて、日富さんを見た。そして質問しようとして、やっぱりやめた。

 聞いたところで分かる訳がない。先の事なんか誰にも分からないんだ。「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない」――そんな答えが欲しいんじゃないなら、ここで質問するべきじゃない。


 僕は口を閉ざして、ベッドから下りて立ち上がった。後頭部の痛みはほとんど治まっている。ちょっとコブができているけれど。


「向日くん、看護師さんを呼びますから、ちょっとだけ待ってください。自由に動く前に、精密検査が必要です」

「……はい」


 日富さんに止められた僕は、溜息を吐いてベッドに座り直した。

 どうせ異常なしで数日は安静にしていてくださいと言われるだけだろう。まあ……それでも万が一って事があるから、検査は受けておく。僕だって、こんなところで無理をして死にたくはない。

 ――思い返してみれば、僕も変わった。死にたくないだなんて。いや、つまらない事では死にたくないと言った方が正しいのかも知れない。

 僕は自分の死に意味を求めている。そういう点では、やっぱり実はあの時と何も変わっちゃいないんじゃないだろうか?

 感傷的な気持ちになる。良くない……良くないなぁ……。


 僕は精密検査を受けるまで、少し横になって眠っている事にした。焦りがそっくりそのまま空虚な感覚に置き換わる。これが虚しいって気持ちなんだろう。

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