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 翌日、モーニングスター博士の計画の全貌を探るために、日富さんがモーニングスター博士の心を読む事になった。確かに、日富さんの超能力ならモーニングスター博士でも隠し事はできないだろう。

 僕は有事に備えて、日富さんの付き添いだ。更にその僕に真桑さんが付き添う。

 地下四階に向かうエレベーターの中で、僕は日富さんに問いかけた。


「日富さん、大丈夫ですか?」

「大丈夫とは? 何の事でしょう?」

「その……モーニングスター博士には、得体の知れない部分があります。気を付けてください」

「向日くんが守ってくれるんでしょう?」

「それは……そうですけど、それでも」


 僕だって守りたいとは思っている。だけど、今の僕には自信が無い。

 モーニングスター博士は絶対に何かを隠している。用心深い性格だから、どんな些細な事からでも、日富さんの能力の正体に気付くだろう。そして心を読まれると分かったら、計画を知られる前に何とかしようとするだろう。これまで隠していた最終手段を使うかも知れない。

 僕のフォビアでは日富さんの超能力まで封じてしまうから、いきなり使う訳にはいかない。どうしてもそこに隙が生じてしまう。

 不安を拭い切れない僕に、日富さんは微笑んで見せた。


「大丈夫。私も彼の危険性は理解しています」


 そして表情を引き締める。

 日富さんの凛々しい顔は初めて見た気がする。



 僕達三人はモーニングスター博士が閉じ込められている部屋に入室する。

 モーニングスター博士は寛いだ様子で、僕達を迎え入れた。


「ようこそ」


 モーニングスター博士はヘッドギアを外していた。髪と髭が乱れている。強引にヘッドギアを剥ぎ取ったんだろう。今までの様子からして、ヘッドギアがあっても無くても、超能力が使えるのには変わりないみたいだけど……。そもそも脳波を遮断するヘッドギアって自力で外せるのか?

 僕と真桑さんは身構えるけれど、日富さんは平然としている。


「初めまして、モーニングスター博士。私はこの研究所で心理カウンセラーを務めている日富と言います。本日は宜しくお願いします」


 日富さんはモーニングスター博士に右手を差し出して、握手を求めた。

 上澤さんと言い、肝が据わっているなぁ……っと――いやいや、感心してる場合じゃないぞ。

 僕はモーニングスター博士を注視する。少しでも怪しい動きを見せたら、すぐにフォビアを使える様に。

 モーニングスター博士はなかなか日富さんの手を取ろうとしない。明らかに警戒している。日富さんが超能力者だと気付いたのか?


「どうかしましたか?」

「日本には握手の習慣は無いと思っていたが」

「そんな事はありませんよ。江戸時代じゃないんですから。それに私は国際派です、ドクター」

「まだ私をドクターと呼んでくれるとはね」

「あなたの実績には敬意を払っているつもりです。倫理規定違反は残念ですが」


 会話から少しの間を置いて、モーニングスター博士はようやく握手に応じる姿勢を見せた。

 二人の手と手が触れ合う直前、モーニングスター博士は僕に視線を送る……。

 直後、後頭部を思いっ切り殴られた様な衝撃を受けた。僕は前のめりに倒れ込みながらも、必死に思考する。

 何が起こった? 真桑さんが裏切ったのか? いや、この感覚は以前にも……。

 そうだ! 開道くんのフォビアだ! どういう訳か分からないけれど、モーニングスター博士は開道くんのフォビアも使える様になっている!

 僕は歯を食い縛る。このくらいの事は予想できていたはずだ。それなのに不意打ちを食らってしまった。ここで気絶したらいけない。

 頭がガンガンする。時々ふっと気持ち良くなって、体の感覚が無くなり、意識が薄れそうになる。

 いかん、いかん。何とか立ち上がらないと。僕のフォビアで、どうにかモーニングスター博士を食い止めないと……。

 そうは思うけれど、僕は倒れたまま起き上がれない。手足どころか首も動かない。瞬きも呼吸も自由にならない。ただ床を見ている事しかできないぞ……。

 視界がぼやける。耳鳴りも酷くて、何も聞こえない。何が起こっているのか全く分からない。

 日富さん、真桑さん……無事であってくれ。無力な僕のフォビア、今こそ、力を。



 それから何秒……いや、何分経ったんだろうか? 時間の感覚も分からなくなっていたけれど、僕は立ち上がった。後頭部を触ると、まだ痛みが残っている。

 日富さんと真桑さんは、二人共その場に俯せに倒れていた。モーニングスター博士の姿は無い……。逃げ出したのか?


「日富さん! 真桑さん!」


 僕は二人に呼びかけたけど、反応が無い。

 まさか殺された!? 僕は心臓が飛び出しそうなぐらい焦って、まず日富さんを起こそうとする。


「日富さん!」


 体を揺すっても反応が無い。焦りが募って、心臓の鼓動がますます早くなる。

 僕は日富さんの手を取って脈を診るけれど、暴れまくる自分の脈ばかり気になってしまって、何も分からない。あぁ、もう! 僕はバカか!

 そうこうしている間に、部屋の中に第二研究班の人達が踏み込んで来た。


「大丈夫か!?」


 見知った顔の人達に、僕は安心して言う。


「僕は後で! とにかく日富さんと真桑さんの手当てを! 早く!」


 それから第二研究班の班長の浜守はまもりさんが、携帯電話でメディカルセクションの人達を呼んでくれた。間もなく他の研究班の人達も駆け付けて来て、日富さんと真桑さんをストレッチャーで運び出す。

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