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 上澤さんと僕と真桑さんは、エレベーターで地上階に戻る。

 僕は移動中、上澤さんに率直な疑問をぶつけた。


「上澤さん、本当にモーニングスター博士から聞き出す事はもう無いんですか?」

「ああ」


 てっきりブラフだと思っていた僕は、上澤さんの答えに驚く。


「あの人の目的とか、分かったんですか?」

「察しは付いている」

「教えてください」

「フォビアを使う事だよ」

「一体どんなフォビアを……」


 モーニングスター博士のフォビアって何なんだ? それを使うために日本に?

 どういう事なのか理解できない僕に、上澤さんは笑って言う。


「モーニングスター博士はフォビアを持っていない」

「フォビアじゃないのにフォビアを……?」

「そうだ。私は学会に提出されたモーニングスター博士の論文に目を通した。その中に感覚や意識の共有を利用して、他人のフォビアの使う方法があった。モーニングスター博士は感覚や意識を共有する超能力を持っている。それも余り強くはない能力。フォビアは持っていない。だから、ウエフジ研究所に来た」

「ここにいる人達のフォビアを使うために?」

「そうだ」


 僕は少し考える。

 動物園で不気味な風や火事が起こったのは、荒風さんと穂乃実ちゃんのフォビアを使ったからなんだろう。僕の無効化が一時的に効かなかったのは、モーニングスター博士が僕のフォビアを使って、ボクのフォビアを無効化したから?

 ……ややこしいな。そもそも僕のフォビアを無効化して、更に自分の超能力も使うなんて事ができるのか?

 でも、事実二つの能力を同時に使っていた訳で……。まだモーニングスター博士の能力には謎が多い。上澤さんは全部知っているんだろうか?


「あの人を地下に閉じ込めておくだけで、本当に大丈夫なんですか?」

「地下三階と四階は、危険なフォビアの持ち主を完全に封じるために造られた。電磁波や放射線を完全に遮断して、外部に漏らさない。理論上は問題ないはずだ」

「本当に?」

「一つ問題があるとすれば、協力者の存在だろう。モーニングスター博士には同志がいる。単なる協力者ではなく、彼の研究を引き継ぐ者が」

「それが誰だとか……」

「推測だが、モーニングスター博士の娘、エヴァンジェラだろう。彼女もモーニングスター博士と同時期に行方を晦ましている」

「もしかして……モーニングスター博士に会う前から、全部分かってたんですか?」


 僕の問いかけに、上澤さんは口元を大きく歪めて笑みを見せる。


「フフフ、その通りだよ。モーニングスター博士はフォビアに関しては、確かに私達よりも知識を持っているのかも知れない。だが、所詮は人間なんだ。私のハッタリも見抜けない程度のね……」


 モーニングスター博士は超能力者としてはフォビア未満で、人間的にも超越的な何かを持っている訳じゃない。上澤さんはモーニングスター博士を、実体以上に恐れる必要はないと言いたいんだろう。それは分かる。

 だけど、僕の心にはまだ引っかかりがある。一度捕まってしまったら、最大級の警戒をされる事は、モーニングスター博士も分かっていたはずだ。つまり……その対策をしていない訳がない。


「それでも、油断はできないと思います。モーニングスター博士は何か手を隠しているはずです」

「ああ、最悪の場合の手段は考えてある」


 上澤さんは真顔に戻って答えた。

 得体の知れなさで言えば、上澤さんも大概だ。



 エレベーターの中で上澤さんは三階を、僕は六階を、真桑さんはどういう訳か八階のボタンを押した。一階と押し間違えたにしては変だ。

 上澤さんは三階で降りて、僕と真桑さんはエレベーターの中で二人だけになる。


「真桑さん、八階に何か用なんですか?」

「あぁ、言ってなかったな。今日からここの世話になる」

「モーニングスター博士を見張るためですか?」

「それが半分。もう半分は、向日くん……君の身を守るためだ」

「僕を?」

「公安C課は君の価値を重く見ている。これからは私が君に同行する」


 急な話だ。僕の許可を取ろうとか、そういう考えは無かったのかな?


「……海外にも?」

「英語ぐらいは喋れる。足手まといにはならない」


 英語以外にもスペイン語とか中国語とか、使用者人口の多い主要な言語は一通り喋れると良かったんだけど……ボディーガードに多くを求め過ぎかな? 守ってもらえるだけでもありがたいと思わないと。

 実際、日本語が通じない外国で一人だけってのは寂しいから、一緒にいてもらえるだけでも助かる。


「そういう訳で、宜しく頼むよ」

「はい」


 僕は真桑さんとがっちり握手をした。

 一応は公安の人だから、頼りにして良いんだよな? やせ型だから余り力が強そうには見えないけれど。


「じゃあな」


 六階で僕がエレベーターから降りると、真桑さんは軽く別れの言葉を投げかけて、そのまま八階に向かった。


 僕は自分の部屋に戻って考える。

 モーニングスター博士は最終的にどうなるんだろう? もし仲間も誰も助けに来なかったら……ずっと地下に幽閉しておくのか? それともどこかのタイミングで母国のアメリカに引き渡す?

 僕が心配する事じゃないかも知れないけれど、気になった。

 マジでどうするつもりなんだろう?

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