3

 室内には僕と真桑さんとモーニングスター博士の三人だけになる。

 そろそろ帰っても良いんじゃないかと真桑さんに申し出ようとした時、上澤さんが室内に入って来た。


「真桑くん、待たせたね。向日くん、ご苦労だった。ありがとう」

「いえ……」


 上澤さん、公安の人が相手でも偉そうだな……。実際、偉いんだろうけど。敬語とか使わないんだ。真桑さんが若いのもあるのかな?


「さて……済まないが、二人共もう少しだけ付き合ってくれ。モーニングスター博士と話がしたい」


 今ここで話すのか? 気が早いと言うか、何と言うか……。

 僕は一つ頷いて、モーニングスター博士を睨んだ。まだフォビアを使う必要は無いだろう。だけど、いつでも発動できる様に心構えをしておく。


「Mr. Morningstar, shall I talk in English?」

「その必要はない」


 上澤さんの英語での問いかけに、モーニングスター博士は日本語で答えた。

 モーニングスター博士は日本語を喋れなかったはずだ。勾留から数日で違和感なく日本語を話せるぐらい学習したとも思えない。

 やっぱり超能力を使っているんだろう。つまり、超能力を封じるヘッドギアは無意味だって事だ。超能力が物理に干渉するレベルになると、脳波を防ぐだけじゃ無効化できないって、前に上澤さんが言ってた気がする。

 ……上澤さんだったよな? それとも日富さんだったっけ?


 モーニングスター博士が日本語を使っても、上澤さんも真桑さんも驚かない。

 いや、実際は日本語を使ってる訳じゃなくて、フォビアによる感覚の伝染を利用したなんだろうけれど。

 上澤さんは予想済みって事だろう。真桑さんは……鈍いんだな。


「私から何を聞き出そうというのかね?」


 目と耳以外は封じられているはずなのに、モーニングスター博士の言葉には余裕が感じられる。

 僕は不快な気分になった。こいつは絶対に危険な計画を隠しているはずなんだ。

 一人で熱くなる僕とは違って、上澤さんは落ち着いた様子で問いかける。


「あなたがこれから起こそうとしている事を」

「私の目的は一つ、ただ神の御許みもとを目指すのみ」

「私が聞いている事は、もっと具体的で世俗的な直近の事ですよ、モーニングスター博士。何を思って、この研究所に来たのですか?」

「君達と話をしたいと思った」

「ただ話をしに来た訳ではないでしょう」

「ご明察。その通りだ」


 二人は穏やかな口調で笑みを浮かべていて、会話を楽しんでいる風だった。


「話していただけませんか?」

「どうだろう……私は一方的な関係を好まない。何か見返りをもらいたい」

「欲張ってはいけませんよ。『この研究所に来たい』という、あなたの願いは叶えられました。ただ要求ばかりを繰り返されるのであれば、また公安の監視下に送り返しましょうか」

「ああ……それは困る。しょうがない。さて、何から話そうか? 何を聞きたい?」


 モーニングスター博士は聞かれない事には答えないつもりだろう。時間稼ぎじゃないかと僕は心配した。

 ところが、上澤さんは話題を切り替える。


「そうですね。では、あなたの協力者について聞きましょうか」

「おやおや、さっきと質問が違うのだが?」

「ええ、先の話はもう結構です」

「私の協力者とは……何の事かな? 黙示録の使徒?」

「いいえ。あなたの研究成果を引き継ぐ人の事ですよ」


 モーニングスター博士は口元の笑みを消して沈黙した。

 痛い所を突かれたんだろうか? 聞いている限りでは、上澤さんがモーニングスター博士を翻弄している様に感じる。


「モーニングスター博士、あなたの優秀さは誰もが認めていました。倫理規定に違反さえしていなければ、今頃は学会の権威になっていたでしょうに」

「学会ごときの権威が何だと言うんだ? 狭い世界で褒められ、認められたところで何がある? 人間の名誉は虚しいばかりだ」

「あなたは名誉欲よりも厄介な欲に囚われている様ですが」


 上澤さん、怒っているのかな? モーニングスター博士は南米で幼い子供を実験台にしていたし、子供の脳を瓶詰にしたりもしていたし、フォビアの知識を悪用した事を許せない気持ちがあるのかも知れない。

 本当は聞きたい事があるんじゃなくて、一言ぐらい何か言ってやらないと気が済まないとか?


「しかし、安心しましたよ、モーニングスター博士。あなたも所詮は一人の人間だという事です。欲しい情報は全て手に入りました。もうあなたに話す事はありません。さようなら」


 上澤さんの言葉に僕は驚いた。真桑さんも怪訝な顔をしている。

 本当に情報を手に入れたんだろうか? それとも脅しのための嘘?


「真桑くん、モーニングスター博士の拘束を解いてやってくれ」

「えっ……?」

「拘束したまま置いて帰る訳にもいかないだろう」

「まあ、そうですけど」


 真桑さんは渋々といった態度で、モーニングスター博士の目隠しを外して、両腕と両脚の拘束も外した。

 モーニングスター博士は困惑した表情で、上澤さんを睨んでいる。


「では、改めて……さようなら、モーニングスター博士。ここでの生活は退屈かも知れませんが、慣れてもらうより他にありません。今のあなたを自由にする訳にはいかないので。帰ろう、向日くん。真桑くんも」


 上澤さんは僕と真桑さんを呼んで、退室する。そしてモーニングスター博士を地下室に閉じ込めて、扉に鉄のかんぬきをかけた。少なくとも今日の内は、これ以上モーニングスター博士と話をするつもりはないらしい。

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