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 翌日。上澤さんの呼び出しで、ウエフジ研究所の寮にいるフォビアの人達と、更に地下にいる研究員の人達は全員、会議室に呼び出された。

 会議室の机と椅子を全部使って、全員を詰め込んだ室内で、上澤さんは話をする。


「今日は超重要な話がある。心して聞いてくれ。今日からモーニングスター博士を、ここ――ウエフジ研究所で預かる事になった」


 大部分の人達は、モーニングスター博士と聞いても、ピンと来ないみたいだ。

 黙示録の使徒だとか、学会を除名されたとか、そういう面倒臭い背景を全部知ってないといけないしなぁ……。


「モーニングスター博士とは、違法な人体実験を繰り返してフォビアの学会を除名された危険人物だ。彼は除名処分後も隠れて研究を続けていた。そして数多くの国内外のフォビアを利用した重大事件に関わっていると見られている」


 会議室内がどよめく。そんな危険人物を研究所に迎え入れて大丈夫なのか、不安なんだろう。僕もだ。

 はっきり言って、僕はモーニングスター博士をウエフジ研究所が引き取る事には反対だった。今ここで抗議しても、しょうがない事だとは思うけど。


「諸君の心配はよく分かる。しかし、公安ではとても面倒を見切れないという事になったのだ。私達が何とかするしかない」


 上澤さんの発言に、僕は堪らず問いかけた。


「公安じゃ手に負えなかったって事ですか?」

「……そうなる」

「その上でF機関ならどうにかできるって事ですか?」

「そうだ」


 皆、上澤さんよりも僕の発言に驚いていた。僕がこんな風に上澤さんを強気に問い詰めるとは思っていなかったんだろう。

 上澤さんが断言したから、僕はこの場でこれ以上の追及はしなかった。言い切るって事は何か策があるって事だから。


「モーニングスター博士の危険性を鑑みて、彼は地下四階に幽閉する事にする。研究員以外の者は、許可なく彼に接触する事を禁じる。研究員も単独での接触は絶対に許可しない。超能力対策をした上で、必ず三人以上で相対する様に」


 上澤さんが示した厳重な警戒態勢に、会議室内が再びどよめく。

 そこまで警戒しなければいけない人なのかと。

 僕は何も言わない。もう僕の心は決まっている。何かあったら、僕がモーニングスター博士を止める。最悪、殺す事になっても構わない。皆を巻き込んでしまうくらいなら、その方が良い。



 モーニングスター博士が公安の特別留置場から、ウエフジ研究所へと運び込まれたのは、その更に翌日の事だった。

 僕は有事に備えて、モーニングスター博士を監視する役目を上澤さんに頼まれた。

 凶悪犯罪者の様に全身を拘束具で覆われたモーニングスター博士は、公安の人達によって地下に運び込まれる。両腕を後ろで縛られ、両脚はバンドで繋がれ、頭部には被せ物をされて、目も耳も口も使えない状態で、担架に縛り付けられている。もう息をする事しか許されていない。

 でも可哀そうだとは微塵も思わない。モーニングスター博士の危険性を考えれば、当然の処置だと思う。普通の犯罪者とは違うんだ。


 研究所に来た公安の人達の中には、真桑さんもいた。真桑さんは僕を見かけると、にこにこ笑って話しかけて来る。


「やあ、向日くん」


 馴れ馴れしいなと僕は感じる。別に真桑さんが嫌いだとか、そういう性格が苦手とかいう訳じゃなくて……公安の人っぽくない感じだ。公安の人達は仕事は仕事と割り切っていて、余計な接触は嫌うとばかり思っていた。

 ちょうど好い機会だから、僕は真桑さんに聞いてみた。


「どうしてモーニングスター博士を研究所に?」

「……本人の希望だよ」


 真桑さんは気まずそうな顔をした。

 僕は疑問をぶつけずにはいられない。


「凶悪犯の希望を叶えるんですか?」

「申し訳ないとは思っている。だけど、公安の手には負えないんだ」

「何があったんですか?」

「……何も無かった。奴の態度は終始紳士的で、模範的だった」

「猫を被っていた訳ですか? それなのに何で……」

「誰も奴から情報を引き出せなかったからだ。それだけ奴の話術が巧みだった」

「話術が……巧み?」

「威圧が効かない。いつの間にか話題を逸らされるばかりか、こちら側の情報を聞き出そうとする」


 それは本当に話術だろうか? 超能力で人の精神に干渉しているんじゃ? モーニングスター博士には得体の知れない部分がある。


「公安の方で処分する訳にはいかなかったんですか?」


 僕の問いかけに真桑さんは驚いた顔をした。


「おいおいおい、物騒な事を軽々しく言わないでくれよ。公安だって何でもできる訳じゃないんだ」

「どさくさに紛れて、やっちゃう事もできたでしょう」


 多倶知の様に、クモ女の様に。あの二人を殺したのが意図的だったとまでは言わないけれど、未必の故意までは否定できないだろう。


「奴は貴重な情報源でもあるんだぞ」

「そういう考えは捨てるべきだと思います」


 断言した僕に、真桑さんはドン引きした顔で黙り込んだ。僕がそんな事を言うとは思ってなかったみたいな……。

 そんなに? 昨日の会議室でもだけど、僕は他の人達にどんな風に思われているんだろう? 何も知らない子供? そこまで純粋じゃないさ……。


 僕と真桑さんは公安の人達と一緒に、モーニングスター博士が地下に運び込まれる様子を見守る。ここで何か行動を起こす程、モーニングスター博士は考えなしじゃないだろう。今は大人しくしておいて、後で……何をする気だ?

 僕には分からない。分からないから、警戒しないといけない。

 地下四階の部屋でモーニングスター博士はマスクと耳の覆いを外される。まだヘッドギアと目隠しは付けたままだから、会話ができるだけだ。

 室内には椅子とベッドぐらいしかない。トイレは他の部屋かな?

 モーニングスター博士は椅子に座らせられて、公安の人達はそそくさと部屋を後にする。ただ……真桑さんだけは残っている。

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