3

 僕はフィリップのドラムに向かって、真っすぐ進んだ。


「止まれ、止まれ!! 動くな!! やめろ、この野郎!! STOP YOUUU!!!!」


 ヨハネは僕を真っすぐ指差して、ラップのリズムを崩してまで僕を止めようと大声で恫喝する。ハウリングが起こって、キーンと不快な音が会場に響き渡る。

 一方でフィリップは必死にドラムとシンバルを連打している。

 ……無意味だ。そんな事をしても奇跡は起こらないぞ。

 奇跡の力では僕を止められないと分かると、バンドのメンバーの中でも体格の好いピョートル、トマシュ、アンドレスの三人が腕力で僕を止めようと向かって来た。

 だけど、僕もこの二年間、体を鍛えて技を磨いて来たんだ。まずは背後から掴みかかって来たピョートルの顎に、裏拳の一撃を食らわせる。

 よし、良い手応えだ。ピョートルは振り向いた僕と擦れ違う様に倒れ伏した。

 次に殴りかかって来るトマシュの腕を避けながら取って、一本背負い。ステージの上に投げ転がす。

 アンドレスは……二人が撃退されたからか、動かなかった。

 僕は視線で残りのメンバーを牽制して、改めてフィリップのドラムに向かって歩き出す。バンドのメンバーは信じられない様な物を見る目で、「Oh my God」と呟き続けている。

 その中で狂った様にドラムとシンバルを叩き続けるフィリップ。僕は構わず、バスドラムを全力のトーキックで蹴破った。フィリップは驚いて席から離れる。

 バスドラムの中からゴロンと瓶詰の脳が転がり出る。

 僕は瓶詰の脳を指して、バンドのメンバーに怒鳴り付けた。


「これは何だ!? 答えろ!!」


 アリーナの前列の人達は瓶詰の脳を見て、口々に叫び声を上げた。ヨハネは恐怖に引き攣った顔で、何度も首を横に振る。


「知らない……知らないっ!!!!」


 僕は続けてトムトムに拳を振り下ろして叩き破った。

 やっぱりだ。トムトムの中にも瓶詰の脳が入っている。それを引き擦り出して、僕はステージ上のメンバーに突き付ける。


「『知らない』で済む事か!! どっちが悪魔だ!!」

「お、お前は何者……。本当にエゼキエルの使徒なのか?」

「罪を認めて懺悔しろ!!」


 僕の剣幕に圧されたのか、ヨハネは平伏して懺悔を始めた。


「お、お許しください……。牧師様が――」

「許すのは俺じゃない!! お前が謝るべき相手は、この犠牲者達だ!! そして今までお前が騙して来た人達も!!」


 タイミングを計ったかの様に、警察の人達がアリーナに突入して来る。公安の人達が手を回したんだ。

 バンドのメンバーは臓器を無許可で国内に持ち込んだ容疑で拘束された。それと今回のライブコンサートの関係者も。現物がそこにあるから、誰の指示で輸送する事になったのか、特定は早いだろう。「RUIN THE BABYLON」は国外退去処分になるのか、それとも禁固刑になるのか……僕が考えてもしょうがない事だな。

 突然の警察の突入にアリーナ内の何割かの人は、逃げ出す様に慌てて出て行った。

 巻き込まれては堪らないと思ったのか? 気持ちは分からなくもないけれど。

 ステージの上で突っ立っていた僕に、公安の人が話しかけて来る。


「よう、ご苦労さん。なかなかハデにやったじゃないか」


 ……見覚えはある気がするんだけど、誰だっけ?

 反応に困っている僕に、公安の人は名乗る。


「尾先だよ。一年半ぐらい前に一度会っただけだから、もう忘れてしまったか」

「ああ、オザキさん……」


 確か、解放運動との捕虜交換で開道くんを取り返す時にお世話になった人だ。


「えぇと、富士山で」

「そうそう」

「あの時はお世話になりました」

「いやいや、大した事はできなくて」


 思い返してみると、そうだったな。特に助けてもらった記憶はない。

 愛想笑いで話していると、急に睡魔が襲って来た。はぁ……またフォビアを使い過ぎたのかも知れない。だけど、その場で気絶する程じゃない。僕もようやく自分のフォビアの扱いに慣れて来たって事だろう。

 ふらりとよろめいた僕を、尾先さんは心配してくれる。


「……大丈夫か?」

「はい、平気です。ちょっと気張り過ぎました」

「お大事に」


 尾先さんと別れてステージから下りると、僕を迎えに復元さんが来ていた。

 復元さんはまじめな顔で僕に呼びかける。


「全く、大した奴だよ、君は」


 褒められている……のかな? 僕は照れ臭くなってはにかむ。


「アメリカでの事に比べたら、まだまだ」

「アメリカ? アメリカで何があったんだい?」

「あっちでは鉄砲で撃たれましたから」

「よく無事だったな……」

「フォビアのおかげですよ」


 僕は僕のフォビアに自信を持ち始めている。これまで多くの難局を乗り越えて来た経験が、そのまま自信になっているんだ。

 でも、それだけじゃない。僕は自分のフォビアの使い方に満足している。何よりもその事実が、僕のフォビアに力を与えている……気がする。フォビアの働きが僕の心の向かう先と一致しているという嬉しさ、心強さ。フレッドさんの言っていた事が、今なら分かる気がするよ。


 僕は復元さんと一緒にアリーナを後にした。

 ホテルに戻る道中で、復元さんは僕に語る。


「もう君には俺達のフォビアのサポートも必要ないかも知れないな」


 少し寂しそうに言った復元さんに、僕はびっくりした。


「えっ、どうしてそんな……」

「ロシアでもアメリカでも、君は他のフォビアの助けを必要としなかった」

「それはそうですけど……」

「フォビア同士の相性もある。君のフォビアは他のフォビアとかち合って、打ち消してしまうからなぁ」

「まあ、それは……しょうがないです」

「君には超能力やフォビアに頼らない、普通の人がサポートに付くべきだろう」


 それはそうなのかなと思わなくもない。フォビア持ち同士で行動するより、元から超能力とか関係なく戦える人の方が頼りになる。

 現実的に考えれば、その通りなんだけれど……。ただ、ちょっと寂しさを覚えた。

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