復活の夜

1

 四月の第二週、ついに復活祭の日が来た。僕は浅戸さんに連れられて、前日からK県Y市のホテルに滞在して、その時を待っていた。チケットは既に入手済み。

 午後五時、空が赤くなり始めた頃、僕達はYアリーナに向かう。


 アリーナにはそれなりに人が集まっていたけれど、満員という程じゃない。主に海外で活動しているバンドだし、一部で有名というだけで、そんなにメジャーなバンドでもないって話だったから、妥当な動員数なのかも知れない。

 午後六時、うっすらと辺りが暗くなって来ると、予告もなくアリーナの中央に設置されたステージがライトアップされた。何かが起こるのを期待して、会場がざわつき始める。

 今か今かと待ち構える観客に応えるかの様に、「Ruin The Babylon」のメンバーが一人ずつ登場して、ステージに上った。

 最初は日本人っぽいドラマーの人。大歓声の中、無言でステージに上がって、一人でドラムを叩いてリズムを取り始める。

 この人がカムロ・ヨハネ・アイトか? ドラマーは七つドラムを叩いて、一つシンバルを鳴らす事を繰り返す。

 次はベーシストとギタリストが二人ずつ。アラブ系っぽい人が二人に、黒人と白人が一人ずつ。

 最後にボーカリストが二人登場。一人は白人、そして……もう一人は日本人?

 ドラマーとボーカリストに日本人が二人? どっちか一人は日本人じゃないのか?


 大歓声の中、日本人っぽいボーカルの人が、マイクを持って日本語で話し始める。


「YO-YO GOOD EVENING、日本のファンの皆さーん! WE ARE THE RUINERS OF THE BABYLON!!」


 それに応じて、一際高い歓声がアリーナ中に轟く。もう歓声と言うより絶叫だ。

 日本語を喋ってるから、この人がヨハネかな?


「僕達の事を余り知らない人もいるだろうから、まずはメンバー紹介だァ! 今日のドラムはチャイニーズ・アメリカンのフィリップ・ルー!」


 ああ、ドラムの人は中国系の人だったのか……。

 フィリップは返事の代わりにドラムを連打して応じる。


「ベースはインドのネイサン・サンダイユールと、それからウクライナのヴォロディヴィッチ・ピョートル!」


 インドは分かるけど、ウクライナってどこだっけ? 東欧?


「そーしーてー、ギターの二人はブラジルのトマシュ・ジェメオス、サウジアラビアのヤークーブ・イブン・イーサー!」


 確かに、国際色豊かなメンバーだ。各国の言語で音楽活動をしながら黙示録の使徒の宣伝をしているんだろう。


「サブ・ボーカルはメキシコのアンドレス・ペスカドール、最後にメイン・ボーカルはこの俺――ヨハネ・アイトだ! 憶えてくれたかなー?」


 会場で大きな歓声と拍手が起こり、その後に整った手拍子と共に「ヨ・ハ・ネ」と繰り返しコールされる。

 そんなにファンがいるのか? テレビやラジオでも、全く見た事も聞いた事もないバンドなのに。


「それじゃ行くぜ! 『GLOSSOLALIA』!!」


 ヨハネの威勢のいい声に続いて、長い長い前奏。

 ヨハネとアンドレスは頷く様に小さく首を縦に振って、リズムを取っている。その振り幅は少しずつ大きくなって、やがてヘッドバンギングみたいになる。


タタタ、タタタ、タタタ、タン! タタタ、タタタ、タン!

タタタ、タタタ、タタタ、タン! タタタ、タタタ、タン!


 四、三のリズムの繰り返し。激しい音楽と単調なリズムの繰り返しが、まるで人から思考能力を奪って行くみたいだ。アリーナは異様な雰囲気に包まれている。バンドのメンバーはリズムに乗って、それぞれの言語で何か呪文を唱えている。

 その中でヨハネが呟いている言葉を聞き取ろうと、僕は耳に神経を集中させた。


 ああ……「去れよ、サタン」と言っているんだな。聖書の言葉だ。それだけを繰り返している。多分、他のメンバーも各国の言葉で同じ事を言っているんだろう。

 音楽と祈りの高まりの中でヨハネが歌い始めた。


「神の子等よ聞けよ天の我の言葉WO!! 善は栄え悪は滅ぶ全て神の意志!! 死者は還り神に叫ぶ悪の裁きWO!!」


 かみの・こらよ・きけよ・てんの・われの・ことば・を!

 三文字を一つの音に乗せている。一文は七拍の音と一拍の休み。つまり四拍子だ。

 全員が四拍子でリズムを取っている。ヨハネに合わせて、アンドレスも低い声で歌っていた。激しい音楽が物理的に人間の体を震わせる。人々は体の震えを心の震えだと誤解して、心酔して行っているみたいだ。

 人間個人の弱さや小ささまで吹き飛ばす様な爆音。ああ、耳が悪くなりそう。僕は顔を顰める。ついでに頭まで悪くなりそうだ。


「黙示録の5TH SEAL、今宵解けるNOW!!」


 黙示録の第五の封印……死者の復活か? そんな事、起こる訳が……。

 そう僕は思っていたけれど、ヨハネの叫びに合わせて、アリーナのあちこちから悲鳴が上がる。無数の黒い人型の影が観客席に蠢いている。

 やがて黒い影は僕の周りにも……。

 バンドの演奏は打って変わって、静かで落ち着いた音楽になった。その中でヨハネは呪文を唱えている。


「死者よ、還れ。時は満てり、天は来たり」


 少しずつ人影に輪郭が浮かび上がる。僕は自分の周りに現れた影に目を凝らした。


「アキラ……多倶知……」


 最初に判別できたのは、その二人。それから霧隠れ、ブラックハウンド、吸血鬼、バイオレンティストも……。

 違う、これは幻覚だ。絶対にそうだ。僕達は何者かのフォビアで幻覚を見せられているんだ。死者が蘇るなんてあり得ない。

 推理に基づく確信じゃなくて、願望に近いけれど……。現実にこんな事があっちゃいけないんだ。絶対に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る