5
N県から戻った翌日、僕の部屋に幾草が訪ねて来た。
「よう、勇悟。久し振り、元気してたか?」
「ああ、それなりに。しっかし、本当に久し振りだなぁ。しばらく……丸一年ぐらい会ってなかったのかな? そう言えば……大学は受かったの?」
「どうって事は無かったぜ。本当はもっと早く報告した方が良かったんだろうけど、なかなかタイミングがな……。去年から勇悟は県外に出張したり、海外に行ってたりで忙しかっただろ?」
「ああ。それで、どこの大学に?」
「S大学だ。ちょっと遠いから、電車通学になる」
「S大って、難関大学じゃなかったか?」
去年は幾草と余り遊ばなかった。大学受験があるから僕と遊んでいる暇なんか無いんだろうと思っていたけれど、僕の想像以上に勉強していたんだろう。
「へへ、まあな。かなり本気で勉強した」
幾草は余り勉強が得意な風には見えなかったけれど、意外とやればできるタイプだったんだなぁ……。そもそも受験前はやる気が無さそうな事を言っていたのに。
でも、就職に有利な大学には違いないし、一番給料の良い所に就職するって言ってたから、有言実行ではあるのか?
僕は感心し過ぎて、溜息を吐く事しかできない。
「おうおう、どうしたんだよ?」
「いや、凄いなと思って」
「お前の方が凄いだろ? ロシアにアメリカに、一人で海外出張なんて」
「いやいや、僕なんか現地の案内の人に頼ってばっかりで。そもそもロシア語は分からないし、英語もペラペラって訳じゃないし」
お互いに謙遜し合って、ちょっと変な間が空く。
幾草は大きく深呼吸をして苦笑いした。
「まぁまぁ、とにかく、これで俺の方はちょっとは落ち着いた……けど、勇悟はこれからだろ?」
「そうだね。高卒資格もあるし、仕事もあるし、できれば免許も取りたい」
「欲張りだな」
「予定通りに行くかは分からないけどさ」
「暇ができたら、また遊ぼうぜ」
「ああ」
黙示録の使徒を何とかすれば、僕の方にも余裕ができる。取り敢えずは、復活祭の日に何が起こるかだ。
それから数日後、僕はまた上澤さんに呼び出された。
「向日くん、黙示録の使徒の新しい情報だ。どうやら連中は、日本を新たなターゲットに定めたらしい」
「それは……僕がいるからですか?」
「余り関係ないと思う。全く無関係とも言い切れないが、元々日本が狙われる素地はあった。それよりも今は目先の事について話そう」
「はい」
誰のせいかなんて、ここで話し合ってもしょうがないという事だろう。どうして日本に狙いを定めたかなんて、当の黙示録の使徒にしか分からない。
上澤さんは僕に一枚の紙を差し出した。
――『復活祭日本特別公演開催決定』?
「『Ruin The Babylon』というラップミックスのバンドグループだ。国際色の豊かな七人の若いメンバーで構成されていて、中には日本人もいる」
「これのバックに黙示録の使徒が?」
「確証がある訳ではないんだが、イースターに訪日してコンサートを開くと宣言している。このバンドは興行する国によって、ボーカルを変えている様だ」
「日本人もいるんでしたね」
「
……何かの呪文かな? いや、人名なのか?
困惑する僕に上澤さんは苦笑して言う。
「バンドの日本人メンバーの名前だよ。そのチラシに書いてあるだろう?」
「ああ、本当ですね……。ヨハネって黙示録のヨハネなんでしょうか?」
「だろうな。他にもネイサン、フィリップ、アンドレス、ピョートル、ヤークーブ、トマシュのミドルネームを持つメンバーがいる。聖書の聖人由来だろう」
「フォビアを持っているんでしょうか?」
「分からない。コンサートの様子からは、そんな風には見えなかった。超能力者だとも思えない」
「黙示録の使徒とも、フォビアとも無関係って事もあり得るんですか?」
「その可能性も当然ある。だが、彼等のコンサートはファンの間で預言の会と呼ばれている。メンバーの一人が必ずコンサート中に異言を唱えるそうだ。勿論、パフォーマンスに過ぎないかも知れないが」
「異言……」
「所謂グロッソラリアだ。異国の言葉で預言を語る事を言う」
どこかで聞いた事があるな。
あれは……ああ、アメリカでフレッドさんから聞いたんだ。「グロッサレイリア」――日本語では「異言」と訳されている。アメリカの怪しい団体と何か繋がりが?
「つまり……宗教的な事をやってるバンドだから怪しい?」
「支援している団体が類似しているという共通点もある」
「それは黒いですね」
「そう、黒に限りなく近い。しかし、表向きには余り有名ではなく、一部の層に人気のインディーズ・バンドに過ぎない」
「僕はこのコンサートに潜入すれば良い訳ですか?」
「その通りだ。会場はK県のYアリーナ。今回は日本国内だから、私達も十分な支援ができる。公安も今度こそは当てにして良いだろう」
それは……どうだろう?
僕の中では公安は全く信用できない組織になっている。いくら何でも三度目は無いだろうとは思うけども。
不安になる僕の内心を察した様に、上澤さんは僕に告げた。
「大丈夫だ。君は一人ではない。皆が君を守る。私達もC機関も」
「……はい」
ちょっと嬉しい。でも……。
「だけど、まずは僕一人に任せてもらえませんか?」
「おや、言う様になったね」
自信過剰だと思われただろうか?
苦笑いする僕に、上澤さんは一つ頷いた。
「分かったよ。君も大人になったという事かな」
人を傷付けるためにフォビアを使って欲しくないという僕の願いを、この人は分かってくれたんだろうか? それとも大人の真似をして背伸びをしていると、微笑ましく思っているんだろうか?
どちらにしても僕の意見が聞き入れられたという事実があれば、それでいい。
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