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 三月の終わり頃、僕はN県I市Y村に二度目のアキラのお墓参りに来ていた。今度も余り歓迎はされないだろうなとは思っていたけれど、だからって行かない訳にはいかない。

 去年と同じで電車に乗ってN県I市の街中まで移動した後は、タクシーに乗る。

 そのタクシーの運転手さんも、去年と同じ人という偶然だった。


「お兄さん、今年もまた友達に会いに来たの?」

「はい」

「その友達っていうのは――」

「死んだ人です」

「おおう、そりゃあ……」


 運転手さんは悪い事を聞いたと思ったのか、気まずい顔をして口を閉ざした。

 F機関に入ってから、僕は多くの人と出会い、多くの事を経験した。その分だけ僕の中で彼に対する罪悪感や自責の念が薄れてしまったのかも知れない。僕は自分から運転手さんに語り始める。


「仲の良い友達でした。彼の方は……どう思っていたか、分かりませんけど」

「いやいや、そんな事はなかろうよ」

「でも、実際分からなくないですか? 相手がどう思っていたかなんて」

「死んだ後にも訪ねて来てくれる友達が、本当の友達じゃなかったら何なんだい?」

「お墓に参るのは後悔しているからです。僕は彼が一番苦しんでいる時に、彼を助けられなかったので」


 運転手さんは再び黙り込んでしまった。

 慰めの言葉が欲しかった訳じゃない。ただ僕の内心を話したかった。どうしてそんな気になったのか、僕にもよく分からない。

 真実をごまかすために、小さな嘘を重ねたくないという思いがあったんだろう。

 嘘はどこかで明らかになる。だったら、自分から明かしてしまおうと。この運転手さんとは、また会う事になるかも知れないから。

 運転手さんは気まずい沈黙に耐えられなくなったのか、また僕に話しかけて来る。


「それでも……お兄さんの友達は、お兄さんが友達で良かったと思ってると思うよ」

「そうでしょうか? 死んでから何をしたって遅いですよ」

「まあ、そうかも知れないけどさぁ……」

「僕は幽霊も魂も信じていませんから」

「だったら、どうしてお墓参りなんかするんだい?」


 運転手さんはニヤリと笑った。

 幽霊も魂も信じないなら、お墓参りは無意味? 少なくともにはならないだろう。どうして僕はお墓参りをするのか……。


「他に方法を知らないからです」

「……そうだな」


 皆そうだ。幽霊や魂を本気で信じている人なんかいない。生きている人が死んだ人にできる事なんて何も無いから、今までの古いやり方を続けているだけなんだ。



 タクシーは中椎家の前で停まる。また運転手さんには一時間ぐらいここで待っていてもらう事にした。

 僕は一人で家の前の坂を上って、玄関の呼び鈴を鳴らす。ジリリリリと非常ベルの様な音がして、アキラのお母さんが小走りで家の中から出て来る。


「あっ……篤黒くん」


 アキラのお母さんは意外そうな顔をした。去年の事があったから、今年も来るとは思われていなかったんだろう。

 僕は深くお辞儀をして、口を開く。


「お久し振りです。お墓に参らせてください」

「はい」


 僕はアキラのお母さんに連れられて、再びアキラのお墓の前に立つ。お墓の前で手を合わせて、心の中で謝罪を繰り返す。

 幽霊も魂も信じていないのに、何故こんな事をするのか? やっぱり他にどうにもできないからだ。死んだ人には何もできないから。二度と取り返しが付かないから。こうするより他に無いんだ。

 僕が顔を上げて合掌を解くと、アキラのお母さんが申し訳なさそうに僕に言った。


「篤黒くん、悪いんだけど……もう来ないでくれない?」

「……はい」

「あなたが来ると、つらい事を思い出してしまうの」

「はい」

「今日を最後にして」

「……はい」


 はっきり言われてしまった。僕はちょっと傷付いた。

 多分だけど僕を気遣ってくれた言葉だと思う。都合好く解釈し過ぎだろうか?

 アキラのお母さんは本当につらいのかも知れないけれど、僕に過去に囚われ過ぎるなと言ってくれている様にも聞こえる。家族に迷惑だと言われたら、引き下がらざるを得ないから。


「済みませんでした」

「謝らないで。来て欲しくないのは、こちらの都合だから」

「はい」

「ごめんなさい」

「……どうしてもダメですか」

「申し訳ないけど」


 涙が出そうになる。本気で嫌がられているのかも知れない。いや、普通に考えたら嫌がられているんだ。僕が勝手に厚意からだと思い込みたいだけ。


「それでは……僕はこれで」

「ええ」


 引き留めてもくれない。この場で優しさを期待する方が間違っているんだろう。


「あの、最後に……裁判の方は、どうなりましたか?」

「ようやく学校側が態度を変えて、いじめの事実を認めてくれた。今は示談の条件で交渉しているところ」

「そうですか……」

「その事に関しては、篤黒くんが教えてくれたおかげだから……ありがとう」


 これで肩の荷が下りたとは思わない。アキラ、僕は君の事を忘れない。まだ僕にはやるべき事が残っている。

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