3

 それから数日後、僕は上澤さんに副所長室に呼び出された。


「向日くん、ちょっとショッキングな報告がある」

「はい」


 何事かと僕は緊張した。悪い事でも起こったんだろうか?

 表情を硬くする僕に、上澤さんは落ち着いた態度で言う。


「黙示録の使徒の事だ」

「何かやらかしたんですか?」

「やらかしたと言うか……と言うか」

「やらかしていた?」


 過去完了形? 少し緊張が緩む。ここ数日で連中が何かをやらかしたという訳じゃないみたいだ。

 上澤さんはもったい付ける様にためを作って、重々しく言い出した。


「南米の秘密施設で子供が実験に使われていたという話の続きなんだが……」

「はい」

「向日くんはアメリカでストーンショルダラーが運んでいた物の正体を見たかな?」

「あれは瓶詰の脳ミソだったと思います。本物かどうかは見ただけじゃ分かりませんでしたけど」


 あれは多分、子供の脳だ。

 僕の個人的な予想に過ぎないけれど、ストーンショルダラーはフォビアを持っていなかった。子供の脳を使って、超常現象を起こしていたんだ。

 どうしてそう思うのか? ……夢を見たからだ。いや、根拠としては弱いのは分かっている。夢は夢だ。あの脳が生きていたとは限らないのも分かっている。ホルマリン漬けの標本みたいな物だったのかも知れない。もしかしたら、人間の脳ですらなかったかも知れない。

 上澤さんは僕に、明らかになった事実を語る。


「もう察しは付いているだろうが、君が見た瓶詰の脳は、フォビアを抱えていた子供の物だった」

「はい……」

「黙示録の使徒は子供の脳を利用して、フォビア持ちでない者にもフォビアを使える様にしていた。高度な医学知識を持った人物が、バックに付いていると見るべきだ」


 そこで僕は一つの疑問を持った。


「あの、脳ミソだけだったのにフォビアだったとか分かるんですか?」

「当然だ。フォビアの脳は強いストレスを受けて萎縮しているが、その代わりに萎縮した隙間を埋める様に、代替部位が発達する。学会ではそれがフォビアの源となっているのだろうと推測されている。瓶詰の子供の脳にも、その様なフォビアに典型的な特徴が見られたが、一方でストーンショルダラーの脳には見られなかった」


 フォビアは脳の形が一般人とは違うのか……。

 そうなると僕も? 何だか嫌だなぁ……。

 それはそれとして、黙示録の使徒は本人がフォビアじゃなくても気を付けないといけないって事になる。これはかなり厄介だぞ。普通の人でもフォビアの子供の脳を利用すれば、フォビアが使えるんだから。


「まあ、脳だけではどんなフォビアを使うのかまでは分からないんだがな。子供の脳を隠し持っていれば、一人に見えても複数のフォビアを使う事があるかも知れない」

「黙示録の使徒のバックにいる、高度な医学知識を持った人って誰なんですか?」

「……現時点では分からない。学会でも関係者を洗っているが、そっち方面ではなさそうだ。学会から離れて独自にフォビアの研究をしている者かも知れない。しかし、個人での研究には限界がある。取り敢えずは公開されている学会資料の閲覧者から、それらしい人物を絞っている」


 重苦しい沈黙が訪れる。

 黙示録の使徒の裏に、更なる黒幕がいる? ……考え過ぎかな?

 しかし、黙示録の使徒はとんでもない連中だ。こいつ等に比べれば、まだ解放運動の方が理がある。


「向日くん、復活祭の時には気を付けてくれ。ロシアとアメリカでの件で、良くも悪くも君の知名度は上がった。黙示録の使徒も君の存在を認めて、警戒するだろう」

「知名度って……そんなに目立つ事はしてないと思いますけど」

「勿論、一般的な知名度の話ではない。こちらの業界での話だ。君の存在は最早ワールドワイドと言って良い。今後は君が直接狙われるかも知れない」

「僕はどうすれば……」


 上澤さんの言葉に僕は動揺した。

 そんなに注目されているとは思わなかった。どうしてこんな事になってしまったんだろう……。


「私達も公安も可能な限り君をサポートする。とにかく黙示録の使徒を片付ければ、一旦は問題が落ち着く。ついでにバックにいる連中も一緒に片付けられたら、万々歳なんだが」

「外出とかはしない方が良いですか?」

「いや、そこまで警戒する必要は無い。ここまで国内の宗教関係者には不審な動きは確認されていない。何か動きがあれば、また私から君に連絡する。今は十分に心と体を休めてくれ」

「はい」


 いよいよ決着が近いんだろうか?

 僕はそんな予感がしていた。フォビアの子供の脳だって、そんなにいくつも持っていないはずだ。今度の復活祭が連中の最後の悪あがきになるかも知れない。

 これは正しい予感なのか、それとも希望的観測に過ぎないのか……。

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