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翌朝、僕とフレッドさんはイエローストーン国立公園の間欠泉巡りをした。
イエローストーン地区の地下には地球環境を完全に変えてしまう程の大量のマグマが蓄えられていて、それは近い内に大噴火を起こすらしい。だけど、それは長い地球の歴史から見ての話で、実際には何百年か何千年か後の事だという。
イエローストーン周辺に多くの温泉と間欠泉があるのは、地下に大量のマグマがあるからで、その辺は火山の多い日本と似ている。温められた地下水が湧き出るだけの普通の温泉もあれば、熱水でも温水でもない冷水の湖もあり、硫黄の臭いがする強酸性の泥の沼もあり、見た目は綺麗だけれど強アルカリ性の熱水泉もあり、広さや深さも様々だ。
それに加えて標高2000mの高原地帯の美しい自然風景が彩を添える。道路を横切るバイソンやエルクの群れ、偶にはグリズリーにも出くわす。
ただ……言ってしまえば、それだけだ。雄大な自然風景と間欠泉と温泉と。野生動物を間近で見られると言っても、野生は野生だから触れ合える訳でもない。
イエローストーン国立公園は広大で、移動中は自然以外に見る物がない。その自然風景こそが最大の魅力だし、とても日本では見られない様な物が多くあって、圧倒されるのは事実なんだけれど……。どうしてもロシアの風景を思い出す。
僕が沈んだ気分で車窓から見える大渓谷を眺めていると、フレッドさんが横から話しかけて来た。
「ムコーサン、lazyナカオ、シテマスネー」
「レイズィー?」
「ゲェンキナーイ」
実は退屈し始めていると、正直に言うのは失礼だろう。いや、こういう風に隠すのが良くないと、フレッドさんは答えるかも知れないけれど。
「ちょっとロシアでの事を思い出して」
「Oh...Russiaデ、ナァニガ、アッタンデースカァ?」
「ロシアでも同じ様な風景を見たんですよ。あの時は一月で雪も多くて、ここより寂しい所でしたけど、何となく思い出したんです」
「ナニガ、sameト、オモォイマースカ?」
「セイム?」
「オナァジ」
「ああ……標高が高くて、人が少ないからですかね。あっちは動物どころか植物も少なかったんですけど」
「ドコォカ、グアイ、ワルイデースカァ?」
僕は恥を承知で正直に言う。
「ホームシックですよ、多分。外国に慣れていないんです」
「Ah, I got it……ニッポンニィ、カエリタァイ?」
「今すぐ帰りたいって程じゃないです。海外旅行にも慣れておかないと。僕はいつか将来、フォビア……『F』の人を治療しに、世界中を回りたいと思っているんです」
「ソレハgreat、スバァラシーideaデース」
「思っているだけですよ。実現するかは分かりません」
「It's enough for now、ムゥカシィノ、エライヒィトモ、イッテマース。It's great to want to be great、ユメェガ、アルノハ、イーコトダ」
日本語にすると『偉大になろうとする事が偉大なのだ』……かな? どんな事でも目標を持って歩き出さないと始まらない。吉田松陰も「夢なき者に成功なし」と言っていたし、こういうのは万国共通なんだろう。
僕が一人で納得していると、フレッドさんが顎を擦りながら言う。
「デハ、アシタハ、Salt Lake Cityヲsightseeingシマショー」
「あ、その前にお土産を買わないと」
「I see、オミヤゲ、souvenirノコト、ダァネ?」
「何かお勧めはありますか?」
「Leave it to me、イートコロ、シッテルヨ。アトデェ、swing byシィマショー」
それから僕はフレッドさんの案内で、四日間かけてウェストイエローストーンからアイダホフォールズ、ポカテッロ、オグデン、ソルトレイクシティと移動しながら各名所に立ち寄って観光した。
今回の旅行……じゃなくて、遠征? いや、仕事――やっぱり旅行か? とにかく今回の件では、フレッドさんにお世話になりっ放しだった。観光案内もそうだけど、通訳も運転手もしてくれたし、宿泊代金も払ってくれたし、お蔭で初めてのアメリカ旅行でも僕が困る事は無かった。お土産も山と買い込んで、充実した四日間だったと思う。
でも、その四日間に何事もなかった訳でもない。僕達の行く先々に何度も怪しい集団が付いて来た。ただ付いて来るだけで何かをする訳じゃないんだけど、見張られているみたいで落ち着かない。
「……あの、フレッドさん、あの人達は……」
「キニシナーイデ、クゥダサーイ。カレェラガ、actionシィナケェレバ、コチィラモno reactionデス」
「FBIとかCIAの人達じゃないんですよね?」
「It's not your expected、カレェラハ、religious people――シューキョーノ、ヒィトタァチデショー」
「Apocalypse apostles?」
「No no、ジィモトノ、pentecostalsデース」
安心して良いのか悪いのか……。
取り敢えずはフレッドさんの言う通り、あっちから何かして来ない限りは見なかった事にしよう。
「そう言えば……フレッドさん、ストーンショルダラーが持ってた瓶詰の脳の正体って何だったんですか?」
「ワァカリマセーン。ケーサツガ、チョーサ、シィテマース。The resultガ、デェルマデ、チョーット、ジカァン、カァカリマース」
「そうですか……」
「イマハ、ムズカシーコト、ワァスレマショー」
気遣われているのかな? ただ単に調査結果が出ていないんじゃなくて、それを僕に教えたくない様に思える。何かショッキングな内容だったりするんだろうか?
邪推かも知れないけれど……いいや、ここはフレッドさんの厚意を受け入れよう。もし重要な事なら、上澤さんを通じて教えてもらえるだろう。
最終日、僕はソルトレイクシティの空港でフレッドさんと別れる。迎えには浅戸さんが来てくれた。
「See you again、ムコーサン。オゲェンキデ。マタAmericaニ、businessデ、キテクレタラァ、ボクゥガ、guideスゥルヨ」
「ええ、その時は宜しくお願いします。フレッドさんもお元気で。Thank you very much for this week. See you again, too」
これで日本に帰れると、僕は小さく息を吐いた後、安心している自分に反省した。
色んな国に行って、多くのフォビアの人を助けたいって目標が、僕にはある。それなのに一週間アメリカに滞在しただけで疲れていたら、お話にならない。海外だからとかじゃなくて、とにかく旅行慣れしないといけないのかも知れない。知らない土地で過ごす事にも平気にならないと。
今回はフレッドさんに頼り切りだったけれど、いつかは僕一人でも海外で自由に行動できる様に。
焦る気持ちを溜息と一緒に吐き出して、僕は飛行機に乗り込んだ。
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