5

 困惑している黒衣の集団の中から、一際大柄な人物が進み出て来る。多分、この人がストーンショルダラーだ。

 身構える僕とフレッドさんに、彼は話しかけて来た。


「You are apostles of Satan, aren't you?」


 はっきりした言い方だったから、僕でも意味が分かった。僕達を悪魔の使徒だと疑っている。いや、疑っているんじゃない。かなりの確信を持って言っている。

 フレッドさんが慌てて否定する。


「No way! No way! It's a wrong way!」


 フレッドさんは何とか事を荒立てずに穏便に抑えたいみたいだ。

 でも、僕はストーンショルダラーから奇妙なプレッシャーを感じていた。これは僕が最初にF機関のフォビアの人達と会った時に似ている。僕達に対する何人分もの敵意と不快感だ。それがストーンショルダラーただ一人から滲み出ている。

 フレッドさんもフォビアを持っているから、僕が受けているのと同じプレッシャーを感じ取っているはずだ。

 気持ち悪い。不自然だ。何か秘密がある……。

 何故かは分からないけれど、僕はここでストーンショルダーに立ち向かわないといけない。そういう気持ちになった。こいつを放置してはいけないと、僕の中の何かが警鐘を鳴らしている。


「Hum! What can you do? Don't talk nonsense」


 僕は強い言葉でストーンショルダラーを挑発した。

 フレッドさんは驚いた顔をして、僕に詰め寄る。


「ムコーサン、cool down!! No good、ソレハヨクナイヨ!」

「止めないでください、フレッドさん! 僕はこういうインチキが一番許せない!」


 僕を押し返そうとするフレッドさんに抵抗して、僕はストーンショルダラーを更に挑発した。


「Show me your miracle, you faker!!」


 ストーンショルダラーは僕を強く睨むけれど、それだけで何の現象も起こらない。こんな奴に本当の奇跡なんて起こせる訳がないんだ。


「Show me what you've got!! Or I'll show you!!」

「ムコーサン、アナァタハ……」


 フレッドさんは僕を押し止めるのをやめた。

 俄かに緊張した空気になって、しばらくの間、誰も何も言葉を発さない。


 やがてストーンショルダラーが僕に向かって何かを叫んだ。何を言ってるかは分からないけれど、罵りと呪いの込められた言葉だという事だけは分かる。

 黒衣の集団は、少しずつストーンショルダラーから距離を取った。それまでと空気が変わったのを感じる。もう誰もストーンショルダーを信じていないみたいだ。

 化けの皮が剥がれた。こいつ自身には何も特別な能力なんかありはしない。


「Heck, what're you doing!! You coward? What do you shoulder!? There's your secret, isn't there!?」


 フレッドさんの抑えが無くなった僕は、更にストーンショルダラーに詰め寄った。


「I'll bring out!! Don't move from there!!」

「STOP YOU!!」


 僕が何歩か踏み込んだ瞬間、ストーンショルダーは大型の拳銃を取り出して、僕に向けた。

 絶対に暴かれたくない物が、そこにはあるんだ。そう僕は確信する。

 不思議と恐怖は無かった。後から思えば、どうかしていた。この時の僕はすっかり逆上していて……おかしかったんだ。

 ストーンショルダラーを倒して、誰かを助けないといけない気持ちになっていた。どうしてそんな風に思ったのか……それは後で分かる事なんだけど。


「Huh!! Is it your faith? Alright, I knew you are a faker!!」


 僕がそう言った直後に、ストーンショルダラーは僕を撃った。

 一瞬の事だった。銃声と衝撃が同時に僕に届く。こいつ、マジで撃ちやがった。

 僕は銃弾を左胸に受けて大きく後ろに吹っ飛び、左側に捻じれて左半身から地面に落ちる。銃弾が直撃した左胸より、地面に打ち付けた左半身の方が痛かった。


「ムコーサン!!」


 フレッドさんの叫び声が聞こえる。

 余り心配させちゃいけない。すぐに立ち上がらないと。僕は素早く起き上がって、ストーンショルダラーを睨む。


「WHAT THE HELL!! YOU ARE DEMONS!?」

「What did you do just now? Did you shoot me?」

「YES!! I'LL SHOOT YOU AGAIN AND AGAIN!!」


 ストーンショルダラーは怒りに任せて、何度も何度も僕を撃った。

 一方で僕はと言えば、ただ撃たれるだけだった。でも、石ころを投げ付けられたぐらいの痛みしかなかった。痛い事は痛いんだけど、耐えられない程じゃない。さっきみたいに吹っ飛びもしない。

 本当は僕も驚くべき事のはずなんだけれども、この時の僕はストーンショルダラーを倒す事ばかり考えていて、それどころじゃなかった。


「WHHHYYY!!!! YOU UNRIGHT!! EVERYTHING GOES WRONG WITH ME!!」


 どうやらもう弾切れみたいだ。ストーンショルダラーは錯乱して、当たり散らす様に銃も背中の荷物も土の上に投げ捨てた。


「DAMN IT!! DAMMN IT!! JEEEEZ ALL JUNK!!!!」


 投げ捨てられた荷物から、ゴロゴロと大きな瓶が何個も転がり出る。

 瓶の中には……脳が詰め込まれていた。まるでホルマリン漬けの標本みたいだ。

 フレッドさんが声を上げる。


「What are they!?」


 その場にいた全員が驚いている間に、ストーンショルダラーは狂った雄叫びを上げながら間欠泉に身を投げていた。


「AHHH, NO TRUE!! NO TRUE!! EVERYTHING IS FAKE IN THE WORLD!!」


 頭がおかしくなったのか? いや、最初からおかしかったな。

 ストーンショルダラーの奇行を横目に、僕はまだ興奮状態で、瓶詰の脳をボーッと見詰めていた。

 ああ、これが僕に助けを求めていたのか……。きっとフォビアの能力の源である共感能力が働いていたんだろう。

 瓶詰の脳は黙示録の使徒の非道な実験の犠牲となった子供達の物だ。僕のフォビアは正確には「超能力の無効化」じゃなくて「無力化」だから、何でも無条件に無効にしたりせずに、犠牲となった子供達の助けを求める声を聞いたんだ。そういう事だと思う。……客観的な証拠は何も無いんだけれど。

 とにかく僕は安心していた。子供達の魂はもう苦しまなくていい……。

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