3

 その夜、僕は夢を見た。多くの人が僕に助けを求めて来る夢だ。人々は僕の足元に縋り付いて、口々に「助けてください」と懇願する。

 救いを求めている人は、どれも小さな子供みたいだ。どうして子供? どうやって助ければいいのかも分からない。僕に助けを求めている人達は、まるで沼に沈む様にずぶずぶと地面に埋まって行く。

 僕は手を取って引き上げようとするけれど、手を掴む事ができない。何故か僕の足元だけは、しっかりしていて沈まない。

 いや、逆なのか? 助けを求める人々の地面だけが、ピンポイントで沈んでいる?

 僕は誰も助けられない。酷い無力感に襲われる。

 僕が絶望していると、地面に沈んでいる人の一人が、僕に向けて大きな両刃の斧を差し出した。その目は「殺してくれ」と訴えている。

 助からないから、殺してくれって? どうしてそんな事をしないといけないんだ? 死が救いになるっていうのか?

 僕は斧を振り下ろせない。嫌だ、嫌だ。何か他に方法があるはずだ。

 そう思っていると、救いを求める人達の中に多倶知の姿が見えた。

 何故、死んだはずの多倶知が……。これは夢か?

 まあ本当に夢の中なんだけれど、まだ夢だと気付いていない僕はそう思った。それでも夢は終わりにならない。

 多倶知は僕に話しかけて来る。


「助けてやれよ」

「でも……」

「自分の手は汚したくないってか? そうやってお前は何人もの人を苦しめて見殺しにするんだな」

「違う……」

「違わない。お前は親友も、俺も、解放運動の連中も、そうやって見殺しにして来たじゃないか」


 そう言われると、そんな気がして来る。

 嫌だ、嫌だ。これは夢なんだ。多倶知は死んだんだ。二度と僕の前に現れる事は、無いはずなんだ……。



「ムコーサン? Wake up、オキテクゥダサーイ」


 誰だ? いや、分かる。この声はフレッドさんだ。

 僕はフレッドさんの呼びかけで目を覚ます事ができた。


「ムコーサン、sleep talkingシテタヨ。『ヤダ、ヤダ』ッテ。What do you see in the dream?」

「死んだ人の夢です。それと助けを求める人達の夢……。Too bad dream」

「Oh、ゲンキダーシテ。キョーハ、Stone shouldererニ、アイニ、イキマスヨー」

「はい、分かっています」


 体を起こした僕は、安心して大きな息を吐く。

 夢で良かった。本当に。……いや、本当に良かったんだろうか? 僕の中の罪悪感があの夢を見せたのなら、僕は何度でもあの夢を見るだろう。

 ……はぁ、今はストーンショルダラーの事に集中しよう。夢は夢だ。悩むのは今回の件が終わった後にすればいい。



 朝食を取ってホテルを出た僕とフレッドさんは、ストーンショルダラーを探して、SUVでイエローストーン国立公園内を巡る。

 快晴の空、広大な青い湖、積雪の残る白い山々、深緑の針葉樹林、そしてバイソンやエルク、コヨーテが走る荒野。美しい自然の風景に、僕は見惚れていた。日本では動物園の檻の中でしか見られない様な動物が、ここには生息している。


「Stone shouldererハ、Yellowstoneノgeyserヲ、go aroundシィテルヨ」

「ガイザー?」

「Hot waterガ、spout upスルコト。ブシューー、ブワァーー!」


 フレッドさんは片手で打ち上げ花火の様なジェスチャーをした。

 熱い水が噴き出す……間欠泉の事かな? イエローストーン地区は活発な火山地帯だから、周辺には温泉も多い。奴は間欠泉巡りをしているのか……。

 しばらくするとフレッドさんはSUVに付いている無線機みたいな物で、誰かと話を始めた。何を言っているのかは、スラングと早口でよく分からない。


「Newsデース。Stone shouldererハ、The Old Faithful Geyserニイルッテ」

「オールドフェイスフルガイザー?」

「Yellowstoneデ、サイコーニfamous、ユーメーナplaceダヨ」


 フレッドさんはアクセルを踏み込んで、車を加速させた。



 オールドフェイスフルガイザーの最寄りの駐車場に車を停めて、そこから僕達は徒歩でオールドフェイスフルガイザーに向かう。今は観光シーズンじゃないから、人はそんなに多くない。


「ムコーサン、アレガThe Old Faithful Geyserデース」


 公園内の遊歩道を歩きながら、フレッドさんが指を差す。その先には、なだらかに盛り上がった低い丘がある。あれが間欠泉なのかと思った瞬間、地鳴りと同時に地面が震動した。

 地震かと思った僕は、慌ててしゃがみ込んで、周囲の様子を窺う。直後に、間欠泉が勢い良く何十mも噴き上がった。まるで巨大なクジラの潮吹きだ。いや、クジラの潮吹きも直接は見た事が無いんだけどさ。

 熱水の噴出と同時に観光客達から疎らな拍手と歓声が起こる。


「HAHA、ムコーサン、コレガgeyserネー」


 フレッドさんには僕のリアクションがオーバーに映ったみたいだ。

 ……ちょっと恥ずかしい。僕は立ち上がって顔を顰める。

 改めて間欠泉に目を向けると、遊歩道の内側を歩いている黒い修道服の集団が目に入った。見るからに怪しい。

 僕が怪しい集団に注目していると、フレッドさんが僕に言う。


「タブン、アノナカニ、Stone shouldererガ、イマース」


 でも、全員何かを背負っている様に見える。誰がストーンショルダラーなんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る