カルデラ噴火を防げ!

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 三月に入って、僕は久し振りに上澤さんに呼び出された。


「また黙示録の使徒ですか?」

「そうだ。アメリカのイエローストーン国立公園に飛んでくれ」

「アメリカ……ですか」

「イエローストーンには火山がある。黙示録の使徒は四旬節の始まりにカルデラ噴火を狙っている様だ」

「カルデラ噴火?」


 僕が聞き返すと、上澤さんはホワイトボードに字を書く。カタカナで「カルデラ」噴火と書くらしい。


「世界規模の大災害を引き起こす様な噴火の事だ。イエローストーンでカルデラ噴火が起これば、アメリカとヨーロッパが壊滅し、世界中が火山灰に覆われて長い冬が訪れるという」


 上澤さんはヨーロッパ中心の世界地図を描く。北アメリカ大陸の真ん中を赤い円で囲って、次に黒い円を東に偏りながら拡げる。カルデラ噴火の被害の拡がり方を表しているんだろう。


「そんなにヤバいんですか?」

「世界人口が激減するぐらいには」

「……今度は誰のどんなフォビアなんです?」


 そこまでの事ができるなら、普通のフォビアだとは思えない。例えば……石建さんみたいに、大地震のフォビアだとか、そんな感じの超能力なんだろうか?


「ストーンショルダラーと呼ばれている。重石おもしを背負って旅をする謎の巡礼者だ」

「謎の?」

「どうやら十字架を負って歩いたキリストの真似らしい」

「その人は何か変わった所があるんですか? いや、確かに変わった人ではあるんでしょうけど……」

「奇跡を起こす……という話だ」

「マテオ牧師みたいに?」

「そうだな」


 マテオ牧師は神を恐れていた。戒律や神罰に対する恐怖だ。

 同じ様な能力だとしたら、敬虔な信徒の可能性がある……のか? いや、カルト的な教義に囚われている可能性もある。そんな人に、まともな思考は通じないだろう。現に黙示録の使徒は世界を滅ぼそうとしている訳だし。


「怪しい人なら警察でどうにかできないんですか?」

「奇跡を起こすという事で、霊言や神秘体験を重視するキリスト教の派閥に守られているんだ。奇妙なカリスマがあって、出身も定かでないのに身元を保証されている」

「黙示録の使徒との関係は、分かっているんですか?」

「南米で黙示録の使徒の関係者と接触していた記録がある。重石運びを始めたのは、ここ数年の事だ。体格と体力から、退役軍人の可能性が示されている」

「ストーンショルダラーって人は大人なんですか?」


 黙示録の使徒は子供を使ってフォビアの実験をしていたって話だったけれど……。大人の人なら、また別のフォビアなんだろうな。


「中年の成人男性だ。フォビアを持っているかは不明。もしかしたらフォビアではないかも知れない」

「フォビアじゃない超能力者だとか?」

「……何とも言えないんだ。ストーンショルダラーは寡黙で、自分から喋る事がない上に、能力を見せる相手も選んでいる。なかなかボロを出さない」


 とにかく黙示録の使徒の関係者なのは事実だ。それが宗教的な節目の日にイエローストーン国立公園に向かっている。

 だから僕が止めに動かないといけない。


「僕はアメリカに行けば良いんですね?」

「ああ、頼む。アメリカでの案内はフレッド・フレンダーが担当する」

「あのフレッドさんですか?」

「そう、君の知っているフレッドだ」

「God's voiceのフレッドさん?」

「そうだよ」


 あの人と一緒なら少しは安心できるかも知れない。もう三月だからロシアの時みたいに寒過ぎたりはしないだろうし。


「こんな事を言うのも何だが、向日くん……気を付けてくれよ」

「はい。分かってます」

「フレッドも付いているから、大丈夫だとは思うが」

「はい。それで、表向きにはどんな理由で行くんですか?」

「普通に観光だよ。イエローストーンは名所でもあるからね」

「そうなんですか?」

「どんな所かは行ってみてのお楽しみだ。アメリカ旅行を満喫するといい」

「そんな余裕があるかは分かりませんけど……。今回、滞在期間はどのくらいになるんでしょう?」

「一週間ぐらいかな? 今回は時期が絞れている」


 一週間か……。そのぐらいなら気楽に過ごせるかも知れない。

 ロシアの時は一ヶ月だったから、それに比べれば短い。僕はロシアでの経験で少し自信を付けていた。どんなに厳しくても、あれ程じゃないだろうと比較できる。

 これって良いのか悪いのか?

 何はともあれ、僕は三月の第一日曜日にアメリカまで飛ぶ事になったのだった。

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