2
ウエフジ研究所に戻った翌日、僕はカウンセリングの後でまたも副所長の上澤さんに呼び出された。
……気が重い。本音を言えば、嫌で嫌でしょうがない。どうせ黙示録の使徒について話をされるんだろう。少しは休息が欲しい。でも、呼び出されたからには行かない訳にはいかない。
上澤さんは僕の顔を見るなり、苦笑いして言う。
「凄い顔をしているな」
自分では分からないけれど、きっと酷く機嫌の悪い顔をしているんだろう。
「……そうですか」
「今すぐ仕事という訳ではない。私達も帰国したばかりの君を働かせようとする程、鬼畜ではない」
「ありがとうございます」
僕は内心で大きく安堵した。
良かった。また仕事と言われたら、僕は発狂するだろう。人間を狂わせるのはストレスなんだ。ストレスから逃れるためなら何でもするのが人間なんだ……。
「話というのは、黙示録の使徒のフォビアについてだ」
「何か分かったんですか?」
「事件を起こす黙示録の使徒は、新生十二使徒ではない。新生十二使徒は名前だけのお飾りに過ぎない」
「……じゃあ黙示録の使徒って誰なんですか?」
「恐らく子供だ。それも君と同年代か、少し若いぐらいの」
「子供?」
「中米でまた新たに黙示録の使徒の秘密研究所が見付かった。そこに残されていた研究資料は、比較的最近の物だった。どうやらフォビアの学会資料を解読して参考にしたらしい。複数の言語が読める信者でもいたんだろう。その秘密研究所の実験では、幼い子供が使われていた。しかし、科学技術を否定するのに、学会資料を読むとは。はは、何と言うか……」
「学会資料って読めない様にしているんじゃなかったんですか?」
「読む気さえあれば誰でも読める。学術論文とはそういう物だ。内容を理解できるかどうかは別としてな」
「そうじゃなくて……」
理解できる人を減らすためにマイナーな言語まで使っているのに、それじゃ無意味じゃないか?
そう言おうとする僕を、上澤さんは押し止めた。
「言いたい事は分かるが、知識や技術は共有されてこそ意味がある。それはフォビアとて同じだよ。知ろうとする事を止める事は誰にもできない。フォビアもいつかは公に知られてしまう運命だろう。だから私達はフォビアを研究しているんだ。フォビアを持つ者も持たない者も、誰もフォビアを恐れなくて済む様に。フォビアの全てを解明した
「それで本当にフォビアに対する差別が起こらない様にできるんですか?」
「絶対に起こらないとは言い切れない。しかし、私達はフォビアを持つ人々の理解者であり続ける」
上澤さんの言葉には強い信念が感じられた。将来の事は分からないけれど、僕は上澤さんを信じたい。
「話を戻そう。黙示録の使徒の事だ。ニーナ・アレクサンドロワは黙示録の使徒の一人だった。この事実が何を意味するか分かるかな?」
「ニーナさんは子供じゃなかったですよ」
「そうだな。そこから何が分かる?」
「えぇ……っと、黙示録の使徒は子供じゃないんじゃないですか? 子供とは限らないと言うか……」
つまりは黙示録の使徒が子供だって考えは余り当てにならないって事なんだけど。
僕は上澤さんの反応を窺う。
上澤さんは一度頷いて、僕にこう言った。
「惜しい。よく考えてみよう。どうしてわざわざ子供を使ってまでフォビアの実験をしていたのに、黙示録の使徒は子供ではないのだろう?」
「実験が上手く行かなかった……とか?」
「そうなのだろうな。つまりは子供だけで十二人、
「ああ、成程……」
「更に言えば、十二人の使徒を表に立たせている事からして、真の黙示録の使徒は七人もいない可能性がある。これは朗報だ」
「僕の出番はそんなに多くないかも知れないって事ですか」
「その通りだ。希望的観測ではあるが、少なくとも悲観する材料ではない」
良い情報だから、早く僕にも教えたかったんだろう。
最後に上澤さんは僕にラッピングされた小さな箱を差し出した。
「話はこれで終わりだ。最後にこれを」
「……何ですか?」
「今日はバレンタインデーだよ。去年のお返しだ」
「あっ、はい」
そう言えば、すっかり忘れていた。去年のホワイトデーには研究所の皆にお菓子を配ったんだった。お返しを期待していた訳じゃないんだけど……ちょっと嬉しい。
「出張ご苦労だったな。ゆっくり英気を養ってくれたまえ」
「はい。ありがとうございます」
僕は深く一礼して、副所長室を後にした。
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