帰国

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 残りの一週間、結論から言うと、何も起こらなかった。二つの小惑星は衝突の影響で分裂して、軌道を大きく変えたけれど、その先に地球は無い。寧ろ、逆に地球から大きく外れるコースを通る。

 こうして地球の危機は去った……と言って良いのか? 元から危機でも何でも無かったとも言える。

 だけど、それで僕のホームシックが改善する訳じゃない。僕は帰国するまでの日々を一日また一日と耐え忍ぶ様な気持ちで過ごした。

 一応、僕は留学生って建前で天文台に滞在しているんだけど、この一ヶ月間、勉強らしい勉強は特にしていない。何となく天文台の人達の仕事を見学していただけだ。見学も勉強と言えば、そうなんだけど……。



 そしてお別れの時がやって来る。最終日の午前十時、僕はミハイロフさんと一緒に車で下山する事に。

 別れ際に僕はS天文台の職員さん達に挨拶をする。


「Thank you for everything. I've learned a lot for you」

「We're glad we could help you. Let's meet again if we have a chance」


 台長が天文台の皆を代表して言った。


「Yes, sure. I wish you good luck」

「We wish, too」


 これでやっと帰れると、僕が大きな溜息を一つ吐いた時、ニーナさんが大声で僕に呼びかけた。


「Mr.Mukō! All's right with the world! God bless you!」

「Bless you, too」


 満面の笑みを浮かべて言ったニーナさんに、僕も笑顔で返す。何だかよく分からないけれど、元気になったみたいで良かった。


 ミハイロフさんの運転する車で、僕はイルクーツクまで移動する。

 そしてイルクーツクで一泊してから空港に向かい、空港でちょっとお土産を買ってから飛行機でモンゴルのウランバートルへ。

 ウランバートルに着くと笹野さんが僕を出迎えてくれた。

 ああ、見知った人がいるという安心感!


「向日くん、お疲れ様! どうやら上手く行ったみたいだな」

「ええ、はい。どうにか」


 ウランバートルでミハイロフさんともお別れだ。

 僕はミハイロフさんにも別れの挨拶をする。


「ミハイロフさん、本当にお世話になりました」

「気にするな。礼を言うべきは、こちらの方だ。ありがとう、『Fの救世主』」

「救世主?」

「聞いていたぞ、ニーナ・アレクサンドロワとの会話。まるで預言者の様だった」

「いや、あれは……その場のノリというか、それっぽい事を言っただけで……」

「ははは、分かっているよ。標準的な日本人が、そこまで信心深くない事は私もよく知っている。だが、自分で言った事の責任は取るべきだ」

「責任?」

「惚けるなよ。黙示録を止めるんだろう?」

「まあ、それは……僕だって世界が終わるのは嫌ですから」

「頼んだぞ。次は仕事じゃなくて、観光でロシアに来てくれ」


 ミハイロフさんは僕達に背を向けて、空港の人込みの中に姿を消した。


「向日くん、急ごう。もうすぐ日本行きの便が出発する」

「あ、はい」


 僕と笹野さんはモンゴルのウランバートル空港から日本のN空港に向かう飛行機に乗り込む。

 飛行機に乗り込んで着席した僕は、これまでの疲れがどっと出て、大きな大きな溜息を漏らした。

 はぁ、体が重い。


「本当にお疲れさん」

「いや、本当ですよ。しばらく海外旅行には行きたくないです。気が狂ってどうにかなるんじゃないかと思いました」

「ははは」

「笑い事じゃないですよ。まあ、最後は全部上手く行ったから良かったですけど」


 僕は大きなあくびをして目を閉じた。先の不安もあるけれど、取り敢えずは、また一つ片付けられた。今はそれで良しとしよう。

 そのまま僕は眠りに落ちて、目覚めた時はN空港に着陸前。


「おっ、目が覚めたかい?」

「……よく寝ました」

「数日は休みをもらって、ゆっくり眠ると良い」

「でも、また何週間か後には、これ関連の仕事が来るんでしょう?」

「C機関の人達も動いている。君だけに何もかも任せる様な事にはならない」

「はい」


 僕は捻くれた気持ちになっていた事を反省する。

 僕だけが頑張っている訳じゃない。他の皆も自分にできる事をやっているんだ。


 N空港に戻って来た僕は、久し振りの日本の空気を思いっ切り吸い込む。

 あぁ、帰って来たぞ! あちこちで聞こえる日本語の会話、漢字と平仮名の看板。僕の知っている所に帰って来たと、魂が喜んでいる。

 それでも地元とは違うから、ちょっと聞き慣れないイントネーションなのが気になるけれど、ここは間違いなく日本だ。

 思わず笑顔になっていた僕を見て、笹野さんが言う。


「やっぱり日本が安心する?」

「そりゃそうですよ。早く研究所に帰って休みたいです」

「そんなに向こうで苦労した?」

「苦労も何も――」


 僕は笹野さんにロシアでの一ヶ月間の滞在で起きた事を語った。ミハイロフさんが黙示録の使徒を装っていた事、日本語の通じない中で英語でどうにか話していた事、日本とは比較にならないぐらい寒さが厳しかった事。

 僕と笹野さんは話をしながらN空港から駅に向かい、電車でS県H市に帰る。

 H市に着いた時には、すっかり夜になっていた。

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