5

 僕はニーナさんの本心が知りたいと思って、続けて問いかける。


「How do you feel about that?」

「How feel...?」

「Grad? Happy? Or sad?」


 フォビアで隕石を地球に落として、大きな被害を出す事について、彼女自身はどう思っているのか聞きたかった。黙示録の使徒の一員として、それは当然の事だと思っているのか、嬉しいのか、それとも悲しいと思っているのか……。


「I don't understand」

「Why?」

「Many people are going to die for the event. I won't be able to be happy it」

「Don't you need the apocalypse?」

「I don't even understand what I need. Anybody won't be able to stop the apocalypse. It can't be helped. I can't make the decision...it's not just me, we are all the same, and you too. All things are fate」

「Fate?」

「For the reason, our power is called "F"...isn't it?」


 Fは運命のF。宿命のF。この人は自分のフォビアをそんな風に思っているんだな。自分の力ではどうする事もできないって。

 ……何となく昔の僕を思い出す。


「Are you afraid?」

「...May be. I'm not prepared」


 僕は一つ大きな溜息を吐いた。ニーナさんに呆れた訳じゃない。何かを諦めた訳でもない。覚悟を決めたんだ。


「It's too early to end this world. I can stop the apocalypse. You have no sin」

「What...are you saying?」

「Just look. Wait for the time. Don't worry, you don't have to be afraid. All's right with the world」

「All's right with the world...」


 高卒の資格を目指して、英語の勉強を続けていて良かったと思う。そう「世は全て事も無し」だ。

 続けて僕は問いかける。


「You like watching the stars, don't you?」

「Yes, I love stargazing...why do you ask me that?」

「You watch the stars every night. If you don't like it, you haven't continued it. Even though, You are starting to hate it. I seem so」


 天文台の仕事ができるのは、星を見るのが好きだからだ。そうじゃなければ、わざわざ天文台に就職しようとは思わないだろう。黙示録の使徒だからって理由で、天文台で働いている訳じゃない。

 ニーナさんは望んで世界を滅ぼそうとはしていない。今の世の中に不満はあるんだろうけれど、それでもだ。

 だったら、僕が何とかしたい。まだ……まだまだ、この世界は終わりじゃない。


 ニーナさんは何も答えずに、再び大型望遠鏡を覗き込んだ。

 僕は一人で瞑想する。

 僕達は無力で大きな力には逆らえない。それは完全に正しい。だから、僕達がフォビアで何かを引き起こせるなんていうのも、また幻想に過ぎないんだ。ニーナさん、あなたは自分のフォビアを恐れなくてもいい。


 やがて台長がやって来て、ニーナさんと話を始めた。どうやら二つの小惑星がぶつかる瞬間が近付いているみたいだ。

 話が終わるとニーナさんは再び望遠鏡を覗いて、台長は時計をしきりに気にし出す。

 台長は時計を凝視して、独り言みたいに何かを言い始めた。どうやら二つの小惑星が衝突するまでのカウントダウンの様だ。


「Три...два...один...」


 その後に、台長は改めてニーナさんに話しかける。

 二人して何事か言い合っている間に、ミハイロフさんが戻って来た。


「どうなったって?」

「分かりません」


 僕に聞かれても困るよ。ロシア語は全然できないんだから。

 ミハイロフさんは両肩を竦めると、台長とニーナさんと話を始めた。

 何分かの話を終えると、ミハイロフさんは僕に言う。


「二つの小惑星が衝突して分裂した。まだ軌道計算をしないと、どうなるか分からないみたいだ」


 もし隕石が地球に落ちないとしたら、僕はどうなるんだろう? 今まで考えてなかったけど、恐ろしい事にならないか? 僕は生きてロシアから帰れるだろうか……。


 それからニーナさんは何度も望遠鏡を覗き込みながら、その写真とデータを台長に渡した。台長はデータを基に計算して、分裂した小惑星の軌道を割り出そうとしているみたいだ。僕とミハイロフさんは静かに待っている事しかできない。

 僕はドームから見える夜空を見上げる。肉眼で隕石が見えるはずもないけれど。


 一時間後に台長とミハイロフさんが話を始める。

 話が付いたのか、数分でミハイロフさんは台長から離れて、僕の肩を軽く叩いた。


「ムコウ、話がある」

「何でしょうか?」

「ちょっと外に出よう」


 何の話をされるのかと、僕は警戒して緊張しながらミハイロフさんの後に付いて、天文台の外に出た。

 外はとにかく寒い。厚手の防寒服を着込んでフードまで被っていても、冷たい風が全身に沁みる様だ。


「二つの小惑星は地球への落下コースを外れた。いや、正確には落下コースに入らなかったと言うべきだな」

「……そうですか」


 僕が妨害したせいだと難癖を付けるつもりだろうか? いや、難癖じゃないのかも知れないけれど、本当の事なんか誰にも分からない。二つの小惑星が宇宙空間で衝突して、その破片が地球に落ちるかどうかなんて、完全に運だろう。ビリヤードじゃないんだから。


「取り敢えず、君の役目は終わった」

「はい」


 労われているのか、それとも用済みだって事なのか、僕は息を呑んでミハイロフさんの出方を窺う。

 ミハイロフさんは星空を見上げながら言った。


「ありがとう」

「どういたしまして……」


 ありがとうって何だ? この人は黙示録の使徒の一員じゃなかったのか?

 僕は思い切って聞いてみた。


「あの、あなたは黙示録の使徒とは……」

「いつ誰がそんな事を言った?」

「いえ、誰も言ってませんけど……」

「あれはニーナ・アレクサンドロワに警戒されないための演技だ。フフフ、敵を欺くにはまず味方からと言うだろう?」


 つまり……? 黙示録の使徒の関係者を装って、ニーナさんを油断させていたって事なのか?


「ミハイロフさん」

「何だ?」

「その……ニーナさんを許してください。あの人には世界を終わらせるつもりなんて無かったんです」

「許すも許さないも、Fを罰する法律など、この国にも存在しない」

「そうなんですか? でも……」

「ニーナ・アレクサンドロワはFの能力を失いつつある。今回の事で、それは決定的になるだろう。わざわざ手を下す必要は無い。それに彼女は優秀な天文学者だ。その才能まで失うのは惜しい」


 僕は安心してホッと息を吐いた。息が冷たい高山の空気に触れて、わっと白い靄が広がる。


「念のために、もう一週間残ってくれ。それで君のここでの仕事は完全に終わりだ」

「はい」


 僕は夜空を見上げる。雲一つ無く、星がよく見える綺麗な空だ。

 今までの鬱々としていた気分が嘘の様に、僕の心もすっかり晴れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る