星が降る夜に
1
そんなこんなで正月休みも終わり、一月の第二週……僕は早速、上澤さんに呼び出された。
「向日くん、至急ロシアに向かってもらいたい」
「ロシア!?」
「向かう先はS天文台だ」
「何かあったんですか?」
「黙示録の使徒の一員が、そこの天文台の職員として働いているという」
「……まさか?」
「そう、そのまさかだ。フォビアだよ。ロシア当局との話は付いている。モンゴルを経由しなければならないが、安心して行って来たまえ」
「行くのは良いんですけど、何をすれば良いんですか?」
ロシアに行ったところで、僕にできる事は限られているだろう。そもそもロシアの政府だか警察だかも危険人物の目星が付いているなら、国内で手を打ったりしないんだろうか?
疑問に思う僕に上澤さんは答える。
「二月の第二週の水曜日、灰の水曜日までS天文台に滞在して欲しい」
「滞在!? 二月の二週って事は、一ヶ月もですか!?」
言葉もよく知らない国に一ヶ月も滞在できるか、僕には自信が無い。
「安心したまえ。ロシア側が通訳を付けてくれる。君は留学生として行くんだ」
「りゅ、留学ですか……。天文学って難しいんじゃ……」
「本気で天文学の勉強をしなくてもいい。それは向こうも分かっている。天文台での仕事を見学させてもらうだけだ」
それを聞いて僕は安心した。とにかくロシアのS天文台にいるというフォビアの人を見張っていれば良いんだな?
「ところで、そのフォビアってどういう人なんですか?」
「ニーナ・アレクサンドロワという、ロシア西部生まれの女性だ。フォビアは隕石落下恐怖症。彼女がS天文台に就職してから、ロシア国内への隕石の落下数が増加傾向にある。どれも10m未満の小さい隕石で、無人の場所に落下しているので、目立った被害は無かった。増加と言っても、確率的にあり得ない程の増加ではないんだがな」
隕石……隕石か……。
「もしかして北海道に落ちた隕石も?」
「その可能性が高いと私達は睨んでいる」
「ロシアは……そのニーナさんって人を利用しようとは考えなかったんですか?」
「超能力者を重用するという事は、超能力者の台頭を招く事と表裏一体だ。それが必ずしも国家の利益に適うとは限らない。相手が黙示録の使徒の関係者ならば尚更だ。黙示録の使徒が目指す物は、大災害による破壊の後の再生だからな」
今の国を大事にしようとしている人達や、事業で利益を上げている人達は、大きな破壊を望まないだろう。逆に言うと、今のままじゃいけないと思っている人達が行動を起こす。
「僕は本当に滞在するだけで良いんですか?」
「いや、ニーナ・アレクサンドロワを監視してもらいたい。恐らく彼女は天体望遠鏡を覗く事で、隕石を引き寄せていると思われる。それを止めてくれ」
「望遠鏡から見るだけで、隕石を?」
ちょっと信じられない。いくらフォビアでも、そんな事が可能なのか?
「恐らくはPPA分類のAだ。付随する物理現象は副次的な作用に過ぎず、隕石が落ちるという抽象的な結果ありきで、原因となる事象が引き起こされる」
「一体何がどうなって、そんな事に?」
「フォビアは因果を狂わせる力を持っているんだ。こういうのは現代科学の主流から外れた考え方ではあるがね……。まあ……余り深く考えずに、ただそういうものだと認識した方が良い」
フォビアには人の想像を超えた力が働いているんだろう。
上澤さんの言う通り、そういう事ができる能力だとして、それ以上は深く考えない方が良いのかも知れない。僕は科学者って訳でもないし。
「ニーナさんの事ですけど、取り敢えず一ヶ月は止められるでしょうけど、それだけで良いんですか? その後は……」
「ニーナ・アレクサンドロワのフォビアは非常に不安定だ。ちょっとした事で発動が阻害される。推測ではあるが、彼女は加齢によって徐々にフォビアを失いつつあるんだろう。だから、大がかりなフォビアを使えるのは、これが最後だと思われる」
「どこからそんな情報を……」
「ロシア当局からだ」
そこまで知っているのに、自分達で対処しようとしないのか……。
「当局って?」
「警備局、オフラーニだ」
「そのオフラーニは自力で事を解決しようとしないんですか? わざわざ外国の手を借りなくても、良さそうなものですけど」
「力尽くで物事を解決するのにも限度があるという事だ」
どうしても僕がやらないといけない様な事なのか?
「これって政治案件ですか?」
「いや、政治以前に世界の危機だから、そういうのはない」
政治面で貸しが作れないのは残念だなぁ……。
そう思っていると、上澤さんがジト目で僕を見る。
「向日くん、君は意外に現金なんだな」
世界の危機に見返りがどうこう言うのは野暮だと、僕だって分かっている。報酬にこだわったりはしない。
上澤さんも同じだ。だからフォビアの研究者は国境を越えて共同で研究をしたり、成果を発表したりしているんだ。
「私達にできる事と言えば、君の夏のボーナスを増額する事ぐらいだが」
「あ、はい。大丈夫です。僕もF機関の一員ですから、ちゃんとやりますよ」
そんなに不満そうに見えたんだろうか?
とにかく、そういう訳で僕は年始からロシアに出張する事になった。
まともにロシア語も話せないのに大丈夫かなぁ……。
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