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午前十時、初詣に出かける時間。僕を含めたフォビアの四人と、小鹿野さんも合わせて五人で、誰も時間に遅れる事なく一階のロビーに集合した。そしてR神社に向かって徒歩で出発する。
研究所も神社も街外れにあるから、余り人とは擦れ違わない。R神社は小さくて寂れた神社だから、遠くからわざわざ訪ねて来る人もいない。近所の人でも、もっと賑わいがあって大きな神社を選ぶぐらいだ。
真冬の乾燥した冷たい風に吹かれながら、神社前の長い階段を上って、人のいない境内に出ると、窯中さんが小声で呟く。
「静かな所ですね……」
「地元の人も余り来ない所ですから。近場に他の神社もありますし」
僕がそう答えると、窯中さんは不思議そうに聞いて来た。
「それなのに、どうしてこの神社を?」
「毎年お参りしているからですけど、去年は特に監視委員会とか解放運動とか、厄介事がまだ残っていたので、人の多い所は避けたかったんです」
「でも、今年は違うんですよね?」
「だからって、お参りする神社を変えるのはどうかと思って」
僕達は去年と同じ様に、本殿に参ってから、周りにある小さな祠にも参った。
他の人の願い事は知らないけど、僕の願いは決まっている。P3と黙示録の使徒を止める事だ。
一通り参拝を終えた後に、窯中さんが僕に聞いて来る。
「この神社は何かおかげとか謂れとか、あるんですか?」
「えっ? さあ……分かりません」
「分からないんだ……」
窯中さんはちょっと呆れた様な声を出す。
でも本当に分からないんだからしょうがない。祭神を見ても、そこらの神社と何が違うって訳でもないし。
昔の人達もそこまで深くは考えていなかったんじゃないだろうか? 取り敢えず、参る所があればいいみたいな感じで。
「そんなに有名な神社でもないですし、何かあったって伝説も聞いた事がないです。でも、そういうものじゃないんですか? 地方の小さな神社って」
窯中さんは分かった様な分からない様な顔をして、小声で唸った。
もしかして窯中さんは都会……というか都市の人だったりするんだろうか?
いわゆる「地元」を持たない人達。僕も他人にそう言える程、地元に愛着とか持ってる訳じゃないんだけど。
最後は皆で籤引きをする事になった。この籤、毎年用意されているから、こんな寂れた神社でも、ちゃんと管理する人がいるんだろう。
小鹿野さんは中吉、穂乃実ちゃんは小吉、初堂さんは吉、窯中さんは小吉、そして僕は……。
「おっ、大吉……」
まさか大吉を引けるとは思わなかったから驚いた。籤には「万事吉、望み叶う」と書かれている。思わず「本当かよ」と言いたくなる。嬉しいと思うより先に、逆に不安になってしまう。P3も黙示録の使徒も、そんなに簡単に解決する問題だとは思えないんだよなぁ……。
今回は誰も凶を引いていないから、もしかしたら今年だけ吉の割合が増えたのかも知れない。
小鹿野さんが僕の隣から籤を覗き込んで言う。
「向日くん、大吉か」
「ええ、まあ」
「余り嬉しくなさそうだな」
「本気で信じちゃいませんから」
「そう言うなよ」
小鹿野さんは僕の肩をポンと軽く叩く。
ふと横を見ると、穂乃実ちゃんが僕を見上げている。ああ、小さな子の前でこの態度は良くなかった。小さな……いや、穂乃実ちゃんも年々成長してはいるんだけど、僕にとってはまだまだ小さな子供だ。中学ぐらいまでは小さな子と言って良いんじゃないだろうか?
「えーと、まあ、大吉を引いたのは人生で初めてだし、ラッキーと言えばラッキーなのかな?」
僕は穂乃実ちゃんを意識して言い訳する。自分でも苦しい言い訳だとは分かっているけれど。
初詣を終えた僕達は、ウエフジ研究所に戻る。今年は去年みたいに腐った気分にはならなかった。僕はその理由を考える。
一つはアキラとの事に、一応の決着が付いたからだろう。一年かけて、僕はようやくアキラのお墓に参る事ができた。それで僕の罪が許されたとは思わないけれど……いくらか気が楽になったのは確かだ。
解放運動が倒れて、監視委員会が活動を縮小した事もあるだろう。どんな困難にも終わりはあるんだ。それが新しい困難の始まりだとしても、一つの困難が片付く事は救いだ。
神も仏もいないとは言っても、世の中そうそう悪い事ばかりじゃない。
それは寧ろ、神も仏もいないからだろう。だから、良い事も悪い事も訪れる。良い事ばかりは続かないし、悪い事ばかりも続かない。人生それで良いじゃないか……。
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