初詣に行こう(二年目)

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 翌朝、新年の一日目、初日の出を受けて僕は目を覚ました。時刻は午前七時。睡眠時間は十分だけれど、まだ少し寝足りない気がする。疲れているのかな……。


 朝食を取りに食堂に下りると、徹夜していた研究員の人達が数人残っていた。中には正体もなく眠りこけている人もいるけれど。

 小鹿野さんは一人で宴会の後片付けをしていた。燃えるゴミを袋に入れてまとめ、瓶・缶とは分けている。


「手伝いますよ」

「おお、済まないね」


 僕も小鹿野さんを手伝った。大雑把に分けてゴミ袋に放り込むだけだから、そんなに手間でもない。

 十分も経たずに片付けを終えると、ちょうど初堂さんが穂乃実ちゃんを連れて食堂に来た。


「あら……ごめんなさい、お手伝いできなくて」

「いやいや」


 申し訳なさそうにする初堂さんに、僕と小鹿野さんは同時に応える。


「それよりも、あけましておめでとうございます」

「あ、こちらこそ。今年も宜しくお願いします」


 僕と小鹿野さんと初堂さんと穂乃実ちゃんは、四人で新年の挨拶をして、それぞれ頭を下げ合った。


 朝食はお雑煮だ。僕にとっては年に数回あるかないかという、白いお米のご飯以外を食べる日。家でも正月の数日はお雑煮だった。

 そして我が家では餅とは買う物だった。和食、和食と言うけれど、米や餅を食べているだけで果たして日本人だと言えるだろうか? もち米を炊いて搗いてこその日本人じゃないだろうか?

 そんな事を考えた。

 自分では日本人らしいつもりでも、その魂までは受け継いでいないんじゃないか? ただ生まれと育ちが日本と言うだけで、何となく日本人の気分でいる。長い歴史の一部に溶け込んでいるつもりで、その実は少しも関連していない。

 ……分かり切った事だ。昔ながらの日本人の生活をしている日本人なんて、全体の何割もいない。人の思想も精神も時と共に移り変わっている。今の日本人と昔の日本人は全く違う人間だ。神社に初詣するのだって、普段からお参りしている様な人間がどれだけいる?

 いや、やめよう。正月早々ネガティブな気持ちになったって、良い事は何もない。

 そう、そんな事より初詣だ。


「この後、皆で初詣に行きませんか?」


 去年も初詣には行ったんだけれど、あの時とは研究員のメンバーが違う。

 僕の提案に小鹿野さんは少し考えて、逆に問いかけて来た。


「どこの神社に?」


 この辺は神社がいくつかある。


「最寄りのR神社にしようと思ってるんですけど」

「R神社か……。寂れた所だけど、良いのかい?」

「去年そこに行きましたから。時々で参る神社を変えるのも不義理かなと」

「ははぁ、神社の神様に義理か」


 小鹿野さんは小さく笑った。そんな事は考えもしなかったって感じの反応だ。誰もそこまで神様とか信じていないって事だろう。


「いいよ、行こう。初詣なんて何年振りかな……。大人になってからは、すっかり行かなくなってしまった」


 小鹿野さんの返事を聞いた後で、僕は初堂さんと穂乃実ちゃんにも聞く。


「二人も一緒に」

「はい」


 初堂さんは返事をした後に、穂乃実ちゃんと顔を見合わせて頷き合った。その様子は何だか本当の親子みたいだ。



 朝食後に話し合って、午前十時に初詣に出かける事になった。去年は監視委員会の連中の話を全く聞かなかったし、もうちょっかいをかけて来る事はないだろう。そうであって欲しい。

 僕は窯中さんも誘おうと、携帯電話で呼びかけてみた。


「向日さん? どうしたんですか?」

「窯中さん、あけましておめでとうございます」

「ああ、はい。おめでとうございます」

「朝食は取られましたか?」

「はい」

「午前十時に、皆で初詣に行くんですけど、窯中さんも一緒にどうです?」

「はい、行きます、行きます」

「それじゃあ十時に、一階で」

「はい」


 窯中さん、去年は機嫌が悪かったのに、今年は素直だ。良い変化だ。

 さて、これで後は事務所に外出許可を取りに行くだけ。今年は小鹿野さんが一緒にいるから、許可されないって事は無いだろう。


 僕は早速、三階の事務所に向かう。

 今年も原岡さんが事務所に居残っている。年末年始に家に帰らなくて、ご家族から不満とか出ないのかなと、他人事ながら気になる。

 僕は許可を取るついでに、それとなく聞いてみた。


「原岡さんは年末年始、お家には帰られないんですか?」

「家に帰っても居場所がないからね」


 いや、これは聞いちゃいけない事だったかな? 気まずい空気になる。

 原岡さんは寂しそうに笑って言った。


「ウチは親戚も少なくて。娘夫婦と一緒に住んでるんだけど、どうも私だけ折り合いが悪いと言うか、何だか馴染めなくてね。妻はそうでもないんだけど。こうして仕事をしてる方が気楽なんだ」

「何かあったんですか?」

「いや、何も。ただ……娘の結婚に猛反対したのがね。あの時は何であんなに頑なだったのか」


 何度も首を傾げて溜息を吐く原岡さん。

 僕は聞くんじゃなかったかなと後悔しながら、外出届を提出した。

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