3

 それから研究員の人達がそれぞれ順番に歌い始める。その内に一時退出していた研究員の人達が、酒とおつまみを追加で買って帰って来た。そして買った物をその場で配ったりはせずに、そのままキッチンに入る。簡単な料理を作るみたいだ。

 クラッカーにハムとチーズを乗せた奴、プチトマトにチーズを挟んだ奴、ジャーマンポテトみたいなのと、他にも数種類。

 お酒はワインで、未成年にはシャンパンもどき。

 ……お洒落というか上品というか、去年とは雰囲気が違う。


「やっぱ料理できる奴がいると違うなぁ、十上とのうえ!」

「いや、そんな……。料理なら小鹿野さんだって」


 第三研究班の十上さんか……。若い男性研究員の一人だけれど、料理ができるとは知らなかった。それに小鹿野さんも料理できるのか……。

 皆それぞれの趣味や特技を持っているんだな。フォビア以外には何も無い、僕みたいな人間とは違って。

 ちょっと気分が沈む。そんな僕を気遣ってくれたのか、初堂さんが心配そうに声をかけて来た。


「どうしたの?」

「いえ、今年も忙しかったし、来年も忙しくなるなと」


 僕は適当な事を言ってごまかす。つまらない事で悩んでいると思われたくはない。そんな見栄を張ってしまう事、それ自体がみっともないとは分かっているけども。

 僕が小さな溜息を吐くと、初堂さんが背後から覆い被さる様に僕を抱き締めた。

 いきなりの事に僕は驚く。


「えっ、何ですか?」

「こうしたら心が落ち着くかなと思って」

「そんな……子供じゃないんですから」


 僕が苦笑いすると、初堂さんは少し声を落として言う。


「向日くん、大きくなったね。前は私より小さいくらいだったのに」

「いつまでも子供のままじゃないですよ」

「そうだよね……」


 今年は去年より5cmぐらい背が伸びた。去年まで10cmずつぐらい伸びていた事を考えると、そろそろ身長の伸びも頭打ちなんだろう。これ以上伸びるとしても、もう数cmが限界だ。体の成長が止まるって事は、体は既に大人だって事だ。心もそれに付いて行かないといけない。

 しかし、この体勢は恥ずかしい。人の目が気になって周りの様子を窺うと、穂乃実ちゃんが真っすぐ僕を見ているのに気付いた。

 僕と目を合わせた穂乃実ちゃんは、慌てて視線を逸らす。……僕も気まずい。


「あの、初堂さん」

「ごめんなさい。もっと私達にできる事があれば」


 初堂さんは申し訳なさそうにしながら、ゆっくりと僕から離れた。


「気にしないでください。忙しいと言っても、これは僕が望んだ事です。つまり……ようやく少しは大人の真似ができる様になったって事です」


 それもこれもP3を止めるためだ。自分から火の中に飛び込んでおいて、泣き言を言うのは違うだろう。

 ……本音を隠したばかりに話が変な方向に行ってしまったな。「口は災いの元」と言うし、もう黙っておこう。

 僕は小さなグラスの中のシャンパンもどきをぐっと一気に飲み干した。正直、余りおいしくない。どうしてジュースみたいに甘くもないのに、値段ばかり割高なのか? しかもお酒みたいに酔える訳でもない。大人の気分を味わう事に、それだけの価値があると言うんだろうか?

 いつかこの味の良さが分かる頃には、僕の心も大人になっているだろう。


「おお、良い飲みっぷりだね」


 マリアさんによく分からない褒め方をされる。

 それを聞いて穂乃実ちゃんもシャンパンもどきに口を付けた。

 すぐに穂乃実ちゃんはちょっと顔を顰める。甘いならジュースの方が良い、のど越しを楽しむなら炭酸水で十分、アルコールの香りは臭いだけ。世の中、子供には分からない事が多過ぎる。


 それから日付が変わる直前になって穂乃実ちゃんがうとうとし始めたので、窯中さんと初堂さんが二人で穂乃実ちゃんを部屋まで送って行った。

 僕もそろそろ眠るか……。年始から仕事が入る可能性がある事も考えると、生活のリズムを変えて体調を崩す事になってはいけない。

 僕はマリアさんと小鹿野さんに断りを入れて、一人で自分の部屋に戻った。来年はこういう事を考えないで済むようにしたい。新年の目標と初詣の願い事は、もう決まっている。

 布団に入れば、すぐにまぶたが重くなる。ここ最近は眠れないという事が全然無い。

 どんなに先の事が心配でも、日々の疲れには勝てないみたいだ。これで良いのか、悪いのか……。

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