年末のあれこれ(二年目)

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 それから十二月三十一日までは、僕は勉強と運動で時間を潰した。傍目にはまじめに見えるかも知れないけれど、実のところは他にする事が無い。

 結局、今年も趣味を作る様な余裕は無かった。最近になって、長期休暇を取らないといけないんじゃないかと思う様になって来た。実際に休日が無いという訳じゃないんだけれど、いつ仕事が来るか分からないというのは、精神衛生上宜しくない。

 僕以外にも勿忘草さんやC機関の人達みたいに、フォビアに対処できる人がいるんだから、そのくらいの自由は認められる……と思う。


 それはともかく、穂乃実ちゃんは先日から毎日僕の部屋に入り浸って、ずっと勉強している。勉強以外の趣味も見付けて欲しいって、前も言ったんだけど……。研究所の中だと見付かる趣味も見付からないよな。

 勉強が趣味になるなら、それはそれで結構な事なんだけれど、どうも余りそんな風には見えない。僕と同じで他にやる事が無いから、しょうがなくやってる……みたいな感じだ。

 それって健全じゃないよなぁ……。アウトドアの趣味を持った方が良いのかなと思わなくもない。例えば、登山とか釣りとか、バードウォッチングとか?

 でも、今の穂乃実ちゃんだと、どれも一人では楽しめないよな。どの趣味を選んでも研究所から離れる事になるんだから。

 今後、寮に入れる様になれば、もっと色んな事ができると思うんだよね。窓辺で植物を育てたりだとか、料理をしてみるとか、そういう事もできる。だけど、何にしても僕が手本にならないといけないんじゃないかなぁ……。

 一時は映画鑑賞を趣味にしようとか思っていたんだけれど、思っていたより余裕が無い。いや、余裕はあるんだけど、何時間も画面を見ているのが退屈なんだ。しかも映画には当たり外れがある。面白かったならともかく、つまらなかったら時間が本当にムダだ。貴重な休日を削って何をしているんだという気分になる。

 ……本当に余裕が無いのは、僕の心なんだろう。それは事実だからしょうがない。

 僕の趣味の事は、全てが終わった後で考えるとしよう。P3も黙示録も完全に片付いたら、その時にようやく僕は自分のために生きられる気がする。

 アキラ……自由になろうとしている僕を許してくれるだろうか?



 そして十二月三十一日――大晦日を迎えて、今年も食堂で居残り組の忘年会と新年会を兼ねた、夜通しの宴会をする事に。宴会と言っても、年越しそばを食べて年末特番を見ながら、カラオケで歌ったり、お酒を飲んだりするだけだけども。

 カラオケか……。流行歌は毎年変わるけれど、去年も今年もどんな曲が流行ってたか知らないんだよな。学校にいたら、嫌でも耳に入るんだけど。

 幾草は僕が芸能に興味がないと思っているのか、そういう話はしてくれない。事実そんなに興味は無いんだけどさ。

 クラスでかなり話題になっていたら、幾草の方から「知ってるか?」みたいな感じで言って来る事もあるんだけど、今年は爆発的に売れた歌が無かったのかな?

 いや、幾草も大学受験で忙しいって言ってたからな……。幾草こそ芸能とかに現を抜かしてる暇は無かったのかも知れない。

 大学受験はどうなったとか聞き難いから、今の幾草の状況は分からない。もうどこかの大学に受かったのか、それともまだこれからなのか?

 どっちにしろデリケートな時期だから、幾草から言い出さない限り、そういう事は聞かないでおこう……。


 それはそれとして、今年も売店の吉谷さんのお姉さんであるアンナさんが、マイクを離さずにカラオケマシーンを独占している。一人で何時間も熱唱し続けられる人間なんて、世界に何人いるだろう? これもある意味、超能力だよな。

 歌い始めから二時間後、午後八時になって、アンナさんがようやく一息吐いた。


「次、誰か歌う人」


 アンナさんの問いかけに、初堂さんが手を上げる。


「私が……」

「どうぞ」


 余りに意外だったから、僕も研究員の人達も驚いた。


「それでは一曲、お聞きください」


 しかも歌うのは悲恋の歌、別れ歌だ。全員、声には出さないけれど、大丈夫かという顔付きになる。

 数秒後にイントロが流れ始めると、その場の空気がズンと重くなった。数人の研究員が危険を察して、食堂から逃げる様に出て行く。また何人かは僕の方を見ている。

 何かあったら僕が止めろって事なのか……? まあ、そのつもりではいるけれど。

 しかし、前奏だけで食堂の中の空気が一瞬で変わるなんて……。カラオケの機械が流す音楽には、特別な事は何もないはずなのに。

 まだ歌い始めてもいないというのに、初堂さんからは恐ろしいというか、禍々しいというか、そんな雰囲気の闇のオーラが感じられる。

 僕は窯中さんと穂乃実ちゃんの様子を第一に心配した。二人はジッと真剣な表情で初堂さんを見詰めている。どういう気持ちで二人が初堂さんを見ているのか、僕にはちょっと分からない。恐れているという訳じゃないみたいだ。一方でアンナさんは冷や汗をかいていた。

 初堂さんが歌い始める。その歌声は悲しみに満ちていて、僕は胸を締め付けられる様だった。まるで初堂さんの怨念がこもっているみたいだ。「上手い」とか「下手」とかじゃなくて、真に迫る強い力がある。

 僕は音楽に詳しい訳じゃないから分からないけれど、一般的な「歌」というレベルを超えている様に感じる。

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