3

 十二月二十五日の午前九時、N県N市内のホテルで目覚めた僕は、まず辺りを見回した。外はすっかり明るいけれど、まだ少し寝足りない感じだ。浅戸さんは寝室に備え付けられているテレビを、小さな音量で見ている。僕を起こさない様に気を遣ってくれたんだろう。


 クリスマスのミサは二十四日、二十五日と連続して行われる。昨日何も無かったからと言って、今日も何も無いとは限らない。

 それにしても浅戸さんは熱心にテレビを見ている。何の番組を見ているのか、気になった僕は浅戸さんに尋ねた。


「浅戸さん、何か面白い番組でもやってるんですか?」


 僕はテレビの画面を覗き込む。

 ニュース番組だろうか? 右上にテロップが出ている。


『北海道上空で隕石爆発!』


 どうやら今朝未明に北海道の上空で隕石が爆発したらしい。午前三時の夜空を映したスマートフォンの動画に、赤い火球が爆発して分裂する様子が記録されている。

 推定直径10m級の隕石が秒速約10kmの速度で、北海道の上空40kmで爆発。隕石の欠片は北海道の内陸の森林に散らばって降り注ぎ、小規模な森林火災を起こした。

 幸い地上への衝撃波の影響は小さく、火災もすぐに鎮火して、余り大事おおごとにはなっていないらしい。

 夜中に爆発音がして驚いたと、動画の撮影者である北海道のF市在住の市民が証言している。


 浅戸さんは深刻な表情をしていた。

 まさか、これが黙示録と関係あると思っている?


「浅戸さん?」

「……偶然だよな」

「そうですよ。こんな事ができるフォビアなんかあり得ません」


 本当か? 本当にあり得ないか? 僕は否定した後で、自問自答する。

 フォビアでは効果を及ぼせる範囲に限界がある。宇宙空間にまでフォビアの影響が及ぶとは、とても考えられない。だけど……観念のレベルにまで影響するフォビアが働いたとしたら、果たしてそこに「距離」なんて概念が通じるんだろうか?

 しかし、隕石恐怖症というフォビアが仮にあったとして……フォビアの脳波が宇宙にまで飛んで、隕石を引き寄せる?

 ……いや、やっぱりあり得ない。偶然で片付けてしまって良いだろう。


 二十五日の夜もN市の市民会館でミサが開かれる。

 また夜中の遠征に備えて、僕と浅戸さんは日中に睡眠を取る事にした。

 その前に僕は携帯電話で勿忘草さんと連絡を取る。


「勿忘草さん、向日です」

「あー、向日くん? どうかしましたか?」

「どうって訳じゃないんですけど、何かお変わりはないかと」

「全然、全然。ご心配には及びませんよ。そちらはどうでしたか?」

「こちらは特に何も……」

「良かった。今日も何も無いと良いですね」

「ええ」


 僕は一呼吸置いて、改めて勿忘草さんに尋ねる。


「ところで、昨夜ゆうべのミサの様子はどうでしたか?」

「ああ……それはもうグダグダでしたよ。幼稚園のお遊戯会でも、もう少しまともな進行をするでしょうというくらいには」


 結構きつい言い方をするなぁ……。


「今日もグダグダになりそうですか?」

「任せてください。二度と人前に立てない様にトラウマを植え付けます」


 そこまでしなくてもと思うけど、相手が相手だから加減する必要は無いのかも知れない。


「それと今朝のニュースは見ましたか?」

「ニュース?」

「北海道上空で隕石が爆発したっていう……」

「そんな事があったんですか? それが何か?」

「……いや、何でもありません。気を付けてください、勿忘草さん」

「あなたもね、向日くん」


 通話を終えて、僕は大きく息を吐く。

 勿忘草さんは勿忘草さんで、上手くやっている様だ。こっちもこっちで僕のやるべき事をやろう。



 それから夜を迎えて、またシモン・ピエールは市民会館に向かった。

 今日も何人かはホテルの中に残っている。だけど、シモン・ピエールがホテルに戻って来るまで、そして戻って来てからも、連中が外出する事は無かった。

 念のために僕と浅戸さんは朝を迎えるまで、シモン・ピエール一行が宿泊しているホテルを見張り続ける。


 しばらくして日付が変わった頃に、浅戸さんは僕に言った。


「もう今晩は何も起こらないかもな。向日くん、先に寝てて良いよ」

「いえ、もう少し起きています。そのために昼も寝てたんですし」

「分かった」


 ホテルの室内でも、窓辺は冷気が吹き込んで来るのか、ひんやりしている。

 結局――朝になるまでシモン・ピエール一行は誰もホテルから出なかった。

 もうクリスマスも終わりだ。僕は午前五時に眠りにつく。

 浅戸さんはもう少し起きて見張っていると言っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る