2

 十二月二十四日の午後十時、N県N市の市民会館にて、勝利の使徒によるクリスマスのミサが開かれる。

 これは後で知った事だけれど、クリスマスのミサはカトリックの行事で、プロテスタントはクリスマス礼拝と言うらしい。だけど、勝利の使徒はカトリックじゃない。そしてプロテスタントでもない。どちらもでない、その他の新興教派って事になるんだろう。

 それはともかく、僕はシモン・ピエールが入国してから毎日、公安の人と携帯電話のメールで連絡を取り合っていた。何か起こった時のために、定期的に連絡を取るべきだろうって事で、公安の人達と合意したんだ。連絡者の名前は「McWa」。

 連絡は一日に四回。午前八時、正午、午後四時、午後八時。その都度、シモン・ピエールの動きが僕に知らされる。

 勿論、日本に来たのはシモン・ピエール一人じゃない。同行者もいる。

 僕としては同行者の動向も気になるけれど、僕一人で全ての状況を捌き切れる訳もないから、余計な事は気にしない様にするしかない。


 シモン・ピエールは十二月二十日に関西国際空港を経由して来日。そこからバスでN県に直行。一行はミサの翌日――つまり十二月二十六日まで、N県N市のホテルに宿泊する予定らしい。

 この時点では怪しい動きは見られない。シモン・ピエールと同時に入国した関係者らしき人物も、別行動を取ったりはしていない。事を起こすなら、やっぱりミサの当日という事になりそうだ。

 ミサの二日前には、僕も浅戸さんの運転する乗用車に乗って、N県N市に向かう。

 まだシモン・ピエール一行に動きがあったと言う報告はない。

 僕は浅戸さんと一緒に数日間、シモン・ピエールが滞在しているホテルの近くにある別のホテルに宿泊した。



 そしてミサの当夜、午後八時にシモン・ピエールは数人を引き連れて、タクシーで市民会館まで移動した。ホテルの中にはまだシモン・ピエールの関係者らしき人達が何人か残っている。

 別行動で事を起こすなら、この場面だろう。市民会館の方は予定通り、勿忘草さんに任せる。

 今回、勿忘草さんは市民会館の臨時のアルバイトとして潜入している。十二月十日の時点で既に、N県N市の市民会館で働いているから、怪しまれる事はない。全力でミサをぶち壊してもらおう。

 まあ、ぶち壊すと言っても、少々ミサの進行が狂う程度だ。朗読する聖書の内容を忘れたり、聖歌の歌詞や伴奏を間違えたり、そのくらいの事だ。命にかかわる様な事にはならないだろう。

 僕と浅戸さんは宿泊しているホテルの部屋の窓から、シモン・ピエールの関係者が残っているホテルを見張りながら、ただ公安からの連絡を待っていた。外からホテルを見張っていても、中の事までは分からない。だけど、突入する訳にもいかない。


 そして午後九時、僕は公安の人から携帯電話で呼び出される。


「ホテルに残っていたシモン・ピエールの仲間が車で移動を始めた。追跡する。付いて来てくれ」

「はい」


 僕はちらりと浅戸さんに視線を向けた。浅戸さんにも公安の人から連絡が来ていたみたいで、スマートフォンの画面を睨んでいた。

 僕と浅戸さんは乗用車に乗って、専用のカーナビで公安の車を追跡する。シモン・ピエールの仲間が乗った車を追っている――という形だ。

 シモン・ピエールの仲間を乗せた車は、市街地を離れて山間地に入って行く。その先は山しか無いはずなのに。やっぱり山火事を起こすんだろうか? それとも……。


 カーナビ上の公安の車は何時間もかけて、中央アルプスのO山の麓に入った。浅戸さんが運転する車も、後を追ってO山の麓に。

 僕は浅戸さんに尋ねる。


「ここの山って火山だったりします?」

「そうだな」

「フォビアで火山を噴火させるとか、あるんでしょうか?」

「分からない。しかし、この距離で噴火を起こしては、自分も巻き込まれるだろう。そこまでの覚悟があるのか……」


 今は冬だから、O山は入山禁止だ。強引に侵入できたとしても、冬の日本アルプスに登るのは自殺行為。麓から火山を噴火させる様なフォビアも、ちょっと考え難い。


 O山の麓の駐車場前で、公安の車は停まった。浅戸さんも駐車場から少し離れた場所に車を停める。

 現在の時刻は真夜中の一時前。擦れ違う車もない、静かな山中の路上……。

 そう間を置かずに、公安の人から携帯電話で僕に連絡が来る。


「例の車は駐車場で停まっている。特に動きは見られない」

「……陽動なんでしょうか?」

「分からない。おっと、動き出したぞ。どうやら何もせずに出て行くみたいだ。追跡を再開する」


 再びカーナビのマークが動き始めた。本当に何もせずに帰るみたいだ。僕達は敵の策に引っかかってしまったんだろうか? それとも決行の日は今日じゃなかったんだろうか?

 車が市街地に戻る頃には、午前四時を回っていた。冬だから日の出が遅いけれど、ちらほら起きている人がいる時間帯だ。

 浅戸さんが溜息と共に小さく零す。


「肩透かしだったな」

「ええ。勿忘草さんの方も無事だと良いんですけど」

「まあ、大丈夫だろう」


 浅戸さんの言葉に僕は頷きながらも、市民会館の方で何か起こっているんじゃないかと心配する。ミサは何時間も前にとっくに終わっている。特に何も連絡が無かったって事は、本当に何も無かったと思って良いんだろうけれど……。

 僕と浅戸さんは一度ホテルに戻って、眠り直す事にした。

 不安な気持ちは当然あるけれど、心配ばかりしていたってしょうがない。そう開き直る。

 ……僕は神経が太くなっている事を自覚した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る