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 マリアさんとフレッドさんは、今日一日はウエフジ研究所に滞在して、ここにいる他の研究員の人達とも交流する予定らしい。フレッドさんはともかく、マリアさんはちゃんとした研究者みたいだから、余所の研究者との情報交換も大事なんだろう。


 その間、僕はと言うと……普段通りの生活をしながら、頭の中では自分のフォビアの事をずっと考えていた。

 僕の部屋では相変わらず、子供達が集まっている。もし自分のフォビアに願う形があるとするなら、それは誰かを守れる事だろう。ぼんやりと子供達を見詰めながら、そう思う。僕の名前――向日衛。無効、守る。そんな存在でありたいと願った形。

 でも、最近の僕は本気で誰かを守りたいと思う事が少なかった様に感じる。やっぱり守る人に思い入れが無いといけないんじゃないだろうか? 誰だか知らない人や、嫌な人を守れって言われても、それはなかなか難しいと言うか、その気になれない。警察や消防、病院の人は立派だ。仕事だからできると言っても、僕の場合も仕事には変わりない……。

 自分から相手の前に出て行くのも、守りの姿勢とは言えない気がする。敵が襲って来るならともかく、脅威になる前にどうにかしろって? そんな道理が必要になるのは軍隊だけで十分だろう。……僕も軍隊みたいな存在モノだってのか?

 何より新生十二使徒がどれ程の脅威になるのか、まだよく分からない。僕は本当に新生十二使徒と渡り合えるんだろうか……。

 フレッドさんのアドバイスの一つは「迷うな」だったけれど……それは今の僕には無理だ。僕の心には迷いがある。

 ああ、考える事が多過ぎる。いくつかは考える必要のない事かも知れない。でも、それを冷徹に峻別するだけの能力が僕には無い。



 昼休憩の時間に、僕は副所長室を訪れて、黙示録について尋ねた。黙示録には何が書いてあるのか、それが分かれば……いや、分かったとしても、どうにもならないかも知れないけれど、これから敵になるかも知れない相手への心構えは変わるだろう。


「黙示録の内容が知りたい?」

「はい」

「ヨハネの黙示録で良いのかな?」

「他にもあるんですか?」

「バルクやペトロの黙示録もある。だが、一般的には黙示録と言えば、ヨハネの黙示録の事を言うな」


 どうして素直にヨハネの黙示録の内容を教えてくれないのか? いや、黙示録が必ずしもヨハネの黙示録だとは限らないってのは、重要な指摘なんだろうけどさ。

 僕が困惑していると、上澤さんは小さく笑う。


「はは、惑わす様な事を言って悪かった。ちょうど、ここに日本語訳された新旧の聖書がある。黙示録自体は、そこまで長い読み物でもないから、読んでみたまえ。貸してあげよう」

「ありがとうございます」


 僕は上澤さんに聖書を借りて、副所長室を後にした。


 僕は自分の部屋に戻って、聖書のヨハネの黙示録の部分を読む。

 子供達は聖書を読み始めた僕を怪訝な顔で見ていた。信仰に目覚めたと誤解されるのも困るから、僕は言い訳する。


「あぁ、これかい? 実は外国から危険なフォビアの人が来るみたいなんだ。だからこれは……まあ、予習みたいなものだよ」


 聖書を読む事が何の予習になるのか、子供達は分からないみたいだ。

 僕にも分からない。本当に黙示録に書いてある事が引き起こされるのか、確証は無いんだから。

 ヨハネの黙示録を読んでいると、やたらと「七」と「十二」いう数字が出て来る。

 七は七つの教会、七つの星、七つの燭台、七つの霊、七つの封印、七人の御使い、七つの雷、七つのラッパ、七つの頭、七つの冠、七つの災害、七つの鉢、七つの山、七人の王。

 十二は最後の方に出て来る。十二の門、十二の御使い、十二の部族、十二の土台、十二の名、十二の宝石、十二の真珠、十二の種。

 全体的に、七は良くない数字の様に見える。七が示す物は、裁き、試練、災いだ。逆に十二は良い数字の様に見える。十二が示す物は、勝利と祝福。

 マリアさんが七という数字を警戒した理由が、何となく分かる。引き起こされるのは「怒りの大いなる日」だろう。

 僕はキーワードとなりそうな単語を書き出した。


・七つの教会=エペソ、スミルナ、ベルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、ラオデキヤ。

・キリスト=七つの霊と七つの星を持ち、七つの金の燭台の間を歩く者。

・七つの星=七つの教会の御使い。

・七つの金の燭台=七つの教会。

・七つの封印……白い馬に乗った者が、勝利の上に勝利を得ようと出かける。(1)

 赤い馬に乗った者が、人々が互いに殺し合う様になるために、地上から平和を奪い取る事を許され、大きな剣を与えられる。(2)

 手に秤を持った者が、黒い馬に乗って現れる。(3)

 「死」という名の者が青白い馬に乗って、黄泉を従えて現れる。(4)

 殺された人々の霊魂が報復を求めて叫ぶ。(5)

 地震が起こり、太陽は黒くなり、月は赤くなり、天の星が落ち、怒りの大いなる日が訪れる。(6)

 七人の御使いが現れる。(7)

・七人の御使いは、七つのラッパを持つ。

・七つのラッパ……血の混じった雹と火が降り、地と木の三分の一と全ての青草が焼ける。(1)

 海の生き物の三分の一が死に、船の三分の一が壊される。(2)

 大きな星が空から落ちて、水の三分の一が苦くなる。(3)

 太陽と月と星の三分の一が暗くなり、昼と夜の三分の一も明るくなくなる。(4)

 イナゴが額に神の印のない人を苦しめる。(5)

 四人の御使いが人間の三分の一を殺すために解き放たれる。(6)

 この世の国は神とキリストの国となり、神の奥義が成就される。(7)

・七つの災害=七人の御使いが七つの鉢を地に傾ける。

 獣の刻印を持つ人々と、その像を拝む人々の体に悪性の腫物ができる。(1)

 海が死人の血の様になって、その中の生き物が死滅する。(2)

 川と水の源が全て血となる。(3)

 太陽が人々を焼く。(4)

 獣の国が暗くなり、人々は苦痛の余り舌を噛み、天の神を呪う。(5)

 大ユウフラテ川が枯れる。(6)

 嘗てない激しい地震が起こり、大きな雹が人々の上に降る。(7)


 ……どれが起こるとか全然分からないな。これがそのまま全部引き起こされる訳じゃないだろう。どんだけ強い超能力なんだって事になる。結局は直に対面するまで分からないって事か……。

 僕は顔を顰めて、溜息と同時に聖書を閉じた。上澤さんには悪いけど、余り参考にならなかったなぁ……。

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