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 一週間後、アメリカから二人の人物がウエフジ研究所を訪ねて来た。僕は上澤さんに副所長室に呼び出されて、二人と会う。一人は赤毛の白人の女の人で、もう一人は腕に入れ墨をした黒髪の男の人。

 一人はオサリバンって人だとして……もう一人は? ボディーガードか何かかな?

 そう思っていると、男の人が僕に満面の笑顔で挨拶をして来る。


「ハッジーメマシテ、Neutralizerサン! ボク、Fredトイーマス! Nice to meet you!」

「ナ、ナイストゥミーチュー、トゥー」


 握手を求められた僕は、気圧されながらも応じた。でかい。怖い。でも悪い人じゃなさそうだ。

 続いて女の人も僕に挨拶をした。


「初めまして、ムコウさん。私はMaria O'sullivanです。マリアと呼んでください」


 予想通り、この人がDr.マリア・オサリバン……えー、日本語で言うとオサリバン博士? マリアって呼んでくださいって言ってるから、マリアさんで良いのかな?


「向日衛です。初めまして、マリアさん」


 そう応えてから、僕はフレッドさんを見た。この人は一体どういう人なんだろう?

 僕の意図を察してか、マリアさんが答える。


「フレッドはFです。知らない事を恐れる、『fear of ignorance』の持ち主」

「イグナランス?」

「無知の事です。何も知らない事。知っているべき事を知らない事です」


 知らないってアンノウンじゃないんだ? あれは無知じゃなくて未知か……。


「フレッドはクラスCで、Fの能力はPPAで言うAまで覚醒しています」


 PPAって……精神・物理・観念だったっけ? 無知の観念って何だろう? 何も知らない状態にさせる――っていうのは、どう考えても精神だから違うな。それ以上の事って何がある?


「そして、Fには希少な能力反転型でもあります」


 能力反転……って何だ? 無知の反転って? 僕は知らないぞ。

 心の中に焦りが生まれる。これが無知のフォビア? いや、僕が勝手に焦っているだけだろう。そもそも僕はフォビアを無効化できる。

 それはそれとして能力反転型なんて知らないから、マリアさんに聞くしかない。


「あの、反転型って何ですか?」


 僕の質問にマリアさんは少し驚いた顔をした。


「Oh...ごめんなさい。難しい話をしてしまいましたか? Dr.上澤、彼は能力反転を知らない?」

「ウチには反転型のFはいないから」

「それでは私がムコウくんに教授しても?」

「どうぞ」


 上澤さんに促されて、マリアさんは反転型のフォビアについて解説を始めた。


「反転型とは、恐怖に対して強くなる方向に、能力が強化される人の事を言います。例えば、『潔癖症』のFを持つ人が『バリアー』の能力を持つとか、『雨恐怖症』の人が『晴れ』の能力を持つとか」


 そんな事が本当にあるのかと僕は疑問に思ったけれど、言っている内容は分かる。

 僕は頷いておいた。例えば僕のフォビアが反転すると、自分をパワーアップさせる方向に進むんだろう。

 ……じゃあ、無知が反転すると何になるんだろう? まさか全知?


「フレッドはその場その場で適切な知識を得る事ができます。その場にいた人の知識を借りるのです。その応用で予言の様な事もできます」

「カァミサマガ、ダイージナpointヲ、tell meシィテクレル、カァンジデースネー」


 そうなるのかぁ……。

 感心している僕にマリアさんは続ける。


「反転型は問題を解決したいという強い意志がトリガーになると予測されています。その性質上、男性が反転し易い傾向にあると言われますが、現段階では結論を出せる程の十分なサンプルが得られていません」


 専門的な難しい話はされないって言われたのに、バンバン難しい話をされている。

 でも、こんな話を僕に聞かせるために、わざわざアメリカから日本に来た訳じゃないだろう。僕は思い切って聞いてみた。


「それで……僕に何かお話があるんですか?」


 顔見せというか、お互いに顔合わせをするだけが目的なのかも知れないけれど。

 僕の問いかけにマリアさんは小さく笑う。


「せっかちさんですね。でも、ちょうどいいです。とても重要な話があります」

「重要……」


 緊張する僕に、マリアさんは間を整えて言った。


「近い内にネオス・ドデカ・アポストロン計画が始まります。日本にも使途が送り込まれるでしょう。その警告に来ました」


 どんな計画なのか、僕には想像も付かない。

 ドデカって日本語みたいだ。どでかい計画なんだろうか? そんな訳ないか……。

 上澤さんがマリアさんに説明を促した。


「どういう計画なのか、向日くんに教えてあげてくれないかな?」

「Yes, sure」


 マリアさんは大きく頷くと、ホワイトボードを使って説明を始めた。

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