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一週間のアルバイトを終えてウエフジ研究所に戻った僕は、翌朝に日富さんのカウンセリングを受ける。
「しばらく顔を見ませんでしたが、お元気でしたか?」
「まあ元気でしたけど……一週間って、しばらくって言う程ですか?」
「二日、三日に一度は顔を合わせていたのに、それが一週間も空けば『しばらく』でしょう」
そういうものかなと僕は思いながら、日富さんに心を読んでもらった。
「あなたのフォビアはちゃんと働いたみたいですね」
「ちょっと不安でしたけど」
「その不安があなたのフォビアを強めるのです」
つくづく因果な能力だと思う。僕はもっと堂々とフォビアを使いたいのに、そうできない事で効果が強まる。だから僕はいつまでも中途半端なままで……。
ああ、ネガティブになるのは良くない。これはもう運命みたいなものなんだ。僕は覚悟して進むしかない。
「それで、予備校はどうでしたか?」
「どうって……」
「勉強する人達を見て、何か思った事は?」
「案外、不まじめな人が多いんだなって。もっと必死になって勉強する所だと思ってました」
「人それぞれですよ。皆が皆、まじめでも不まじめでもないでしょう」
「ええ、はい。そうなんですけど、ちょっと意外でした」
「予備校のレベルにもよりますが、多少の差異はあれ、そんなものです」
「そんなものなんですか」
そう言われると返す言葉が無い。僕は高校もまともに通っていないし、大学入試の難しさも知らないから。
「予備校に通うのも、モラトリアム期間には違いありませんから」
「モラトリアムって何ですか?」
「猶予の事です。この場合は大人になるまでの猶予。一般的には大学生活を指して言われる事が多いですね」
「大学が猶予?」
「過去には高校・大学は学習意欲の旺盛な人だけが行く場所でしたが、今や大学全入時代と言われて十年以上ですからね。時代と共に高卒が当たり前になって、大卒が当たり前になって」
その当たり前から僕は外れてしまったんだけどな……。
日富さんは僕の心を読んだのか、少し声を落として謝る。
「済みません。他意は無かったんです」
「分かっています」
ちょっと気まずい空気になって、カウンセリングは終わった。
次に僕は上澤さんに呼び出されて、副所長室を訪ねる。
「やあ、向日くん。成果はどうだったかな?」
「成果と言える程の事は無かったんですけど、僕のフォビアで例のゲームの影響を止めるというか、弱める事はできたみたいです」
「もっと自信を持っても良いんじゃないかと思うんだが」
「僕は自分のフォビアの発動を自覚できないので……」
「そうだったな」
「発動を自覚できたとしても、それが本当に僕のフォビアの効果なのかも分からないですし……」
上澤さんは頷きながら、僕の言い訳を聞いていた。そして改めて僕に言う。
「駅前予備校の講師からの評判は良かったぞ。君が来てくれて、受講生がまじめに話を聞いてくれる様になったとな」
「誰から聞いたんですか?」
「予備校の校長からだよ」
「お知り合いだったんですか?」
「そう親しい訳ではないが、神経症の治療で縁があってね。本来は余分な人員である君をアルバイトとして採用してくれたのも、その縁があってこそだ」
そうだったのか……。確かに、僕がやってた雑用はわざわざ新しく人を雇ってまでさせる程の事じゃなかった。だから一週間だけ面倒を見てくれたんだな。それが意外に好評だったと。
「まあ予備校の校長も講師達も、君のフォビアを知っていた訳じゃないから。幸運の招き猫というのかな? そんな感じの存在だと認識していたと思うが」
「招き猫?」
「特別に役立っていた訳じゃないが、そこにいるだけで不思議と環境が変わる。そういう人や物の事だ」
「僕はそんな……」
そんなに良い物じゃないと言おうとした僕に、上澤さんは笑顔で言った。
「はは、置物扱いは気に入らないか」
そういう事でもないんだけど、完全に的外れって訳でもなかったから、僕は反論せずに曖昧に笑って受け流した。
上澤さんは話を締めにかかる。
「とにかく一週間、お疲れだったな。例のゲームも含めて、後の事は私達に任せておいて、君はしばらく羽を休めてくれ」
「分かりました。それでは……失礼しました」
僕は副所長室から出て、大きな溜息を吐く。
脅威はフォビアを持っている人だけじゃない。これからは特殊な装置にも気を付けないといけないのかも知れない。だけど、そっちはウエフジ研究所の人達が何とかしてくれる。
僕だけが戦っている訳じゃないんだという事を、僕は改めて心に刻んだ。
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