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昼休憩の時間になっても、相変わらず席を立とうとしない人達がいる。僕は講義室の一つに入って、それとなく様子を窺った。
本当は望ましくないんだけど、スマートフォンのゲームなんだから、歩きながらでもプレイはできるはずだ。そこまで熱中しているんだろうか? ご飯を食べに離席するのも忘れるぐらい?
不まじめはともかく、このままだと不健康になる。ゲームに熱中するのは昨日今日始まった事じゃないだろうし……。余計なお節介かも知れないけれども、いい加減に見かねた僕はフォビアを使おうと決めた。
……数分後に、スマートフォンをいじっていた人達は、やっとイヤホンを外して顔を上げる。それも一斉に。そして銘々に席を立ったり、お弁当を食べたり、友達と話をしたりし始めた。どうやら正気に返ったみたいだ。
僕のフォビアは機械にも通用する。その事実に安心して、僕は小さく息を吐く。
だけど……それを確かめるだけで終わって良いんだろうか? この場ではやめさせられたけれど、またゲームを始めたら、再びやめられなくなってしまうだろう。
はぁ、考え過ぎるのはやめよう。僕は僕に与えられた役割を全うするだけだ。
僕はフォビアを発動させながら予備校の中を見回って、他にもスマートフォンに熱中している人がいないか確かめに行った。だけど、パッと見では誰も彼もスマートフォンを持っている。僕が通っていた中学や高校でも、普通にスマートフォンを持っていた人がいた訳だし、そもそもスマートフォンをいじっていたからって、機械の影響を受けているとは限らない。
電磁波とか無関係に、最初からスマートフォンに依存気味な人や、ゲームにハマってしまっている人や、やる気のない不まじめな人も当然いる訳で。そういう人達までどうにかしようとするのは、それこそ本当にお節介なんだろう。
僕は大きな溜息を吐いた。しょうがないという諦めと許容、僕がやるべき事じゃないという切り捨て。
フォビアに関係しない事まで背負い込む余裕は、今の僕にはない。予備校の講師でもないんだし、ただのアルバイトが浪人生の将来まで心配してどうするというのか?
僕は改めて大きな溜息を吐く。
午後の講義では、スマートフォンをいじる受講生の数が大幅に減っていた。影響があるのはゲームをやっている間だけで、少し離れれば普通の生活に戻るって事だ。
いつになるか分からないけれど、スマートフォンのOSのアップデートがあれば、アイドル何とかっていうゲームの流行も落ち着くんだろう。
……さて、これで僕がやるべき事は無くなってしまった訳だけども。取り敢えず、アルバイトは一週間って話だったから、それまでは予備校で働いていないといけないのかな?
午後五時で僕のアルバイトは終わり。雑用は講師の人に言われた通りの事をやるだけだから、そんなに難しくはない。テストの監視も基本的に見ているだけだし、採点もマークシートを採点機にかけるだけだ。
時給は高くないけど、学生のお小遣いにはちょうどいいんじゃないかと思う。
当然、僕も時間分のお給料はもらえる訳だけど……いいのかな? ウエフジ研究所って副業やって良かったっけ? 僕も一応はウエフジ研究所の社員なんだけど。
まあ……賃金をもらわないのは不自然だし、アルバイトは上澤さんの紹介だから、文句を言われる事はないだろう。
一週間、僕は駅前予備校のアルバイトをしながら、スマートフォンに熱中している人を見かけてはフォビアを使ったり使わなかったりして、その後の様子を確かめた。
結論から言えば、僕のフォビアでは状況を大きく変える事はできなかった。まあ、当然と言えば当然なんだけれど。
僕は一日中フォビアを使える訳じゃないし、予備校全体をカバーできる能力がある訳でもないから、どこか僕の知らない所で例のゲームを起動していたら、止める事はできない。イタチごっこだ。
だけど、講義中まで例のゲームをやっている人は確実に減っていた。流行が落ち着いただけと言われると、そうなのかも知れない。僕のフォビアのお蔭だと堂々と言える程の根拠は無い。
それでも僕は状況が少しでも良い方向に変わったのを、心の中で喜んだ。……もう僕はアシスタントのアルバイトを辞めるから、その小さな改善も無意味になってしまうんだけども。
最終日の仕事終わりに、僕は予備校の講師の一人に呼び止められた。
「向日くん、お疲れ様。今日で終わりだったかな?」
「はい。お世話になりました」
「その事なんだけど、もう一週間頼めないだろうか?」
「どうしたんですか? 次の人が見付からないとか?」
「いや、君が来てから心なしか受講生の不まじめな態度が減った気がするから」
「偶然じゃないですか? 関係無いですよ、多分。次の仕事も決まってるんで……」
「ああ、それは残念だ」
心苦しかったけど、僕は断った。暇なアルバイトを装っていたけれど、僕にも普段の仕事がある。後の事がどうなるかは、OSのアップデートを信じて待つしかない。
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