2
僕の疑問に対して、上澤さんは少し溜めを作って答える。
「君のフォビアが機械にも通用するのか試したい」
「いや、機械には通じないんじゃ……? そもそもフォビアは人間の精神に作用するって話で……」
「正確には、機械による精神干渉を無効化できるかだな」
「どうやって試すんですか? そのアイドル何とかってゲームをやってみるとか?」
「君には市内の予備校に行ってもらいたい」
「予備校?」
予備校に何があるんだろう?
不思議がる僕に、上澤さんは言う。
「学力の低下が問題となっているという話をしただろう? 例のゲームアプリは今、一大ブームな訳だ。ゲーム世代と呼ばれる中高年から、若い世代にもな。予備校でも講義やテストの時間にゲームをしている者がいて困っているという」
「テストの時間にもですか!?」
「一度始めたら止められないらしい。困ったものだよ。まあ、そんな訳で……君には予備校のアシスタントとして働いてもらう。アシスタントと言っても、簡単な雑用だから心配は要らない」
「分かりました。それで僕はゲームに夢中になってる人を止めれば良い訳ですね?」
「直接声をかけてまでやめさせる必要はない。君のフォビアがどこまで通じるかを確かめるためだからな」
それで本当に良いんだろうか? 怪しいゲームの影響で人の人生が狂ってしまうかも知れないのに。このまま危険なゲームを放っておいたら、日本全体がダメになってしまわないか?
僕の内心の不満を読み取ったのか、上澤さんは小さく笑って言った。
「君の懸念は分かるぞ。しかし、既に例のゲームの対策は講じてある」
「そうなんですか?」
「人の精神に干渉する機械の研究をしていたという事は、当然その対策も研究していたという事だ」
「具体的には、どうするんですか?」
「特定の微弱な電磁を打ち消す。取り敢えずは、OSのアップデートで対応させる。厚労省の方から、人体に悪影響を及ぼす懸念があるとか何とか理由を付けてな」
「できるんですか?」
「ははは、所詮は機械だよ。人間が作った物だ」
どうやら例のゲームは大きな脅威にはならずに済みそうだ。
僕が安心して小さく息を吐くと、上澤さんは余裕のある表情で続ける。
「いくらでも打つ手はある。
「伝手があるんですか?」
「こういう仕事だからね。伝手が無くては始まらない部分もある」
つまり伝手のある人じゃないと所長や副所長にはなれないという事なのかな……。
でも、所長も副所長も天下りって感じではない。副所長は世襲っぽいけれど、専門知識があるのは間違いない。所長は天下りとか世襲以前に、長生きだし……。
まあ、こんな事を考えていてもしょうがない。少なくとも専門知識に乏しい僕は、所長や副所長にはなれないからな。
とにかく僕は予備校にアシスタントのアルバイトとして潜入する事になった。
向日衛の名前はそのままだけれど、ウエフジ研究所の事は伏せて、わざわざウィークリーアパートまで借りて、求職中のフリーターを装って。
一週間後、僕は市内の駅前予備校の短期アルバイトとして採用された。仕事はプリントを配ったり、テストの監視をしたり、裏方の雑用だ。
受講生は全員僕より年上なんだなと思いながら、僕は講義室の端の方で講義の様子を見物していた。僕の顔見知りは一人もいない。中学の先輩の一人や二人いてもおかしくないと思っていたけれど……予備校は他にもあるからな。僕が通っていた中学校からは少し遠いし。
わざわざお金を払って予備校に通っているんだから、大半の生徒はまじめに勉強している。不まじめな人は逆に余裕がある人なんじゃないだろうか?
学校とは違うから、受講態度が不まじめでも怒られる事はない。周りの迷惑になっていたら別だけれど、静かにしている限りは何も言われない。居眠りぐらいならご自由にって感じだ。僕も寝ている人を起こす事はしない。
そんな中で、受講中にも関わらずスマートフォンをいじっている人達がいる。室内の受講生の三分の一ぐらいだろうか? 休憩時間中からずっといじっていて、講義の内容も全く聞いていない。だって、両耳にイヤホンしてるからね。スマートフォンを使う講義でもないのに。
例のゲームをやっているのかな? それともただ不まじめなだけなんだろうか?
取り敢えず、最初はフォビアを意識せずに、ただ見守るだけにした。もしかしたら例のゲームは全然関係なくて、途中で飽きてやめる可能性もある。
それから二時間ぐらい経過して、講義を受ける予備校生が何割か入れ替わる。僕は全部で三つある講義室を移動しながら、予備校生の様子を観察した。
全体の四分の一ぐらいの人は、ずっとスマートフォンをいじってばかりいる。休憩中に席を立つ事もしないし、講義が始まってもお構いなし。中には友達らしい人に話しかけられても、まともに受け答えせずに続けている人もいる。
いくら何でもこれはおかしいと僕は感じる。いや、でも全く勉強をやる気がない予備校生もいるらしいし……。全体の四分の一って、多いのか少ないのか? このままお昼になっても動かないつもりだろうか? それともトイレや昼食ぐらいには動くんだろうか?
僕はまだしばらく様子を見る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます