超能力を使う機械

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 十月、そろそろ暑さも収まって来たとは言え、まだ残暑の厳しい日も何日かある。そんな頃に、僕は上澤さんに呼び出され、副所長室に向かった。

 副所長室に入った僕に、上澤さんはまじめな顔で話す。


「向日くん、最近日本政府内で情報漏洩が問題になっている事は知っているかな?」

「ええ、はい。ニュースでよく言ってますね」


 特定の省庁だけじゃなくて、あらゆる部署で起こっているから、官僚の気の緩みだとか言われていた。政府が何度再発防止策を講じても一向にやまない事も、官僚批判に拍車をかけている。


「情報漏洩はどれも職員の単純なミスが原因なのだが、同じミスを何度も繰り返す。しかも、人員を入れ替えても効果が無かった。そこで、これはフォビアではないかという疑いが浮上した訳だ」

「えーと、つまり政府内にフォビアが?」

「どうもそうではない様だ。君は『アイドル・フィーバー』というスマートフォン用のゲームアプリを知っているかな?」

「流行ってるらしいですね。よくCMが流れています。スマホを持ってない僕には縁が無いですけど」

「好みのアイドルを育成するというゲームなんだが、情報漏洩に繋がるミスを犯していた者は共通して、このアプリをインストールしていた。それもかなりやり込んでいた様だな」

「……どういう事ですか?」

「このゲームに熱中して、仕事が疎かになっていた可能性がある。ゲームのタイトル通り、アイドルにフィーバーしていたという訳だ」

「それとフォビアに一体何の関係が?」


 そんなに熱中する程、面白いゲームなんだろうか? でもフォビアとは何の関係も無さそうな気がするけれど……。


「このゲームは特に熱狂的なプレイヤーが多いみたいだ。学校の生徒の間でも流行していて、それによる学力低下が問題になっている。他にもゲームに熱中する余り交通事故を起こした例もある」

「そんなの昔からある話だと思いますけど……普通のゲームじゃないんですか?」

「そう、普通じゃないんだ。パブリッシャーは国内企業だが、海外の不明なディベロッパーが開発に関わっている」

「不明なディベロッパー?」


 だから何だと言うんだろうか? まさかゲームで日本人をダメにしようとしているとか、そんな計画があるとか? いや、対象が日本人だけとは限らないか……。もしかしたら世界中で同様の事件が起きているのかも知れない。


「まず所在地が不明だ。アメリカの会社という事になっているが、当然の様に住所はダミーで、スタッフには東欧系の名前が見受けられる」

「どこの誰が作ってるかも分からない、怪しいゲームって事ですか?」

「ゲーム自体はよくできているみたいだがな」

「それで……フォビアと何の関係が?」


 ゲームはゲームでフォビアとは関係無さそうなんだけど……遠回しに言わないで、そろそろ本題に入って欲しい。そう思っていると、上澤さんは僕に一つの質問を投げかけて来た。


「ところで向日くん、君はフォビアを機械で再現できると思うか?」

「フォビアを……機械で?」


 僕は少し考えて答える。


「無理……なんじゃないですか? 機械から脳波が出る訳じゃないですし……」

「生体電磁波も機械の電磁波も同じ電磁波なら、可能だとは思わないか?」

「それができるなら、不安定な人間のフォビアなんかに頼らないで、とっくに機械化が実現してるんじゃないですか?」

「鋭い指摘だ。なかなか冷静だな。しかし、過去にそういう試みがあったのだ」

「えっと……C機関で?」

「F機関でも研究自体はしていた」


 上澤さんの答えにも、余り驚きはない。結局は上手く行かなくてやめたんだろうって事は、何となく想像が付く。


「結論から言えば、その研究は結実しなかった訳だが……」

「そうでしょうね」

「例のゲームアプリからは、過去に私達が研究していた物に酷似した波長の電磁波が発せられていた」

「……どこの国だか企業だか知りませんけど、フォビアを機械で再現する事に成功したって事ですか?」

「本当に成功したかどうかは分からないが……」

「そもそもスマートフォンに特殊な電磁波を出す機能があるんですか? ちょっとアプリをインストールしただけで?」

「無いね。元々存在しない機能が、プログラムだけで作動する様になる訳がない」


 そりゃそうだ。……だったら例のゲームアプリは何なんだろう?

 疑問に思う僕に、上澤さんは続ける。


「しかし、それが特殊な電磁波である必要は無いんだ。人間の精神は様々な外的干渉の影響を受ける。特に視覚と聴覚、つまり映像と音楽で、ある程度は人の心を特定の方向に操れる」

「操る?」

「勿論、洗脳するとまでは行かないけれどね……。例えば、君だって音楽で悲しい気持ちになったり、楽しい気持ちになったりするだろう? それ自体は空気の振動に過ぎないと分かっていても」

「まあ、それは分かりますけど……」

「そこにちょっとしたスパイスを加えてやる。鈍感な人は気付かないかも知れない。でも、効く人には覿面てきめんに効く。ある時には激しく、ある時には穏やかに、音と光の刺激は脳に届いて、神経を狂わせる」

「そのスパイスって言うのは……」

「人の思考を麻痺させる、微弱な電磁波だ。本当によくできたゲームだよ。一度快感を覚えた者は、自ら深みにハマりに行く」

「事情は分かりました。でも、僕に何ができるんですか?」


 フォビアと関連がある事は分かったけれど、だからって僕はプログラムに関しては素人だし、電磁波をどうこうできる様な知識も持っていない。何よりゲームを作った人達は海外にいるんだから、どうしようもないじゃないか?

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