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以降、廉市議員は大人しく家の中に閉じこもっていた。外に出たいと言う事が全く無くなった訳じゃないけれど、余りしつこくは言わなくなった。
そして二十日目……廉市議員の警護は意外な形で終わる事になる。二十日目の朝、数人の警察官が廉市議員の邸宅を訪ねて来た。
どうやら任意の事情聴取らしい。傷害の容疑だとの事だった。自転車でぶつかって来た相手に対して、暴言を吐きながら暴行していた場面を、スマートフォンで録音されていた上に、ドローンにも映像と音声を記録されていた。
更に悪い事に、その両方を複数の週刊誌が入手して記事にした様だ。警備員の一人がコンビニで買って来たニュー・ウェーブの記事を、僕達に見せてくれた。
――お騒がせ元大臣の
やれやれだ。廉市議員が僕と拳さんに止められる様子も、ばっちり写真付きで記事にされていた。
もう廉市議員は党内で復権できないだろう。元から党に見限られていたとは言え、こうなってしまっては僅かな望みも消え失せる。
二十二日目に、廉市議員は障害の容疑で逮捕された。多数の警察官に囲まれ、パトカーに乗せられて、厳重な警戒の下で留置場に移送される。
まあ、留置場の方が自宅よりは安全だろう……。
その翌日――僕達警備員の仕事は今日で終わりになった。まだ廉市議員が早期に保釈される可能性もあるはずだけれど、拳さんは上からの指示だと言っていた。
誰の手配かは知らないけれど、これは仕組まれていたんだと思う。あの時、偶然にドローンが飛んでいたとは考え難い。もしかしたら、今回のフォビアの依頼者は外国の宗教関係者じゃなくて同じ党内の……いや、邪推はやめよう。
ウエフジ研究所に戻った僕は、いつもの様に日富さんのカウンセリングを受けて、副所長の上澤さんと話をして、また勉強したり訓練したりという平和な日々に帰る。
ニュースによると廉市議員の勾留は一週間余り続き、十分な選挙運動もできない状況で落選して、一般人になったみたいだ。たった一人の一般人を守る価値はもう無いという事なのか、再び警護の話が来る事は無かった。
国民の代表である国会議員を外国勢力の手から守り切り、日本の名誉は守られたという事なんだろう。それについて思うところが無い訳じゃないけれど、僕がどうのこうの言ってもしょうがない事だ。
僕個人としても、あの人を守ろうって気にはなれない。それこそ誰かからの依頼でもなければ。
――更に数週間後、九月の中頃に廉市元議員が自動車で交通事故を起こしたというニュースが出た。余所見をしていてハンドル操作を誤り、電信柱に激突。近くを歩いていた歩行者数人に軽傷を負わせたという。
これもフォビアのせいなのか、僕には分からない。廉市元議員は議員でなくなった後も狙われ続けていたのかも知れないし、もしかしたら何の関係もない本当にただの事故なのかも知れない。
しかし、どちらにしても廉市元議員は完全に落ちぶれてしまった。こうなったら元大臣という肩書きも虚しいだけだ。
余り考えたくない事なんだけど、外国のフォビアは既に何度も日本に入国して活動しているんじゃないだろうか? レディ・サファリングだって、そうだった。
そして、そういうフォビアから守られるのは一般人じゃなくて、大企業の社長とか国会議員とか、偉い人ばかりなんじゃないのか? 何の影響力も持たない一個人への攻撃は、小さな事だから見過ごされているんじゃないのか?
僕は自分のフォビアで誰を守れるんだろう? 僕のフォビアは選ばれた少数の価値ある人達だけを守るためにあるんじゃない。そう信じたいのに……。
僕は二度首を横に振って、大きな溜息を吐く。全ては僕の想像に過ぎない。そうであって欲しい。
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