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道路に出た僕達は、すぐに住宅と住宅の間の狭い道に入り込んだ。車が一台通れるか通れないかという道幅で、とてもスピードは出せそうにないし、居眠り運転なんかしたら、人より先に壁にぶち当たる。万が一、暴走した車に遭遇しても、車も入り込めない小道に逃げ込んだり、電柱や家の陰に隠れれば何とかなる。
僕と拳さんは真剣に警戒しているのに、当の廉市議員は不満そうな顔をしていた。
「慎重過ぎるんじゃないのか?」
この人は本当に自分が狙われているという自覚があるんだろうか? いや、これがフォビアを知らない普通の人の反応なんだろう。
「こんなこそこそと隠れるみたいに移動しなくても」
ぶつくさと文句を言い出した議員に、拳さんは振り向いて注意する。
「お静かに。ご自分の立場をお考えください。あなたは狙われているんですよ」
僕と拳さんは目と耳に全神経を集中させて、車の気配を警戒していた。
その時、ブーンと耳障りな音が上空から聞こえる。ドローンだ。地上から数m程の人の手が届かない位置に滞空している。
僕達を監視しているのか? それとも誰かが遊びで飛ばした物が、偶然近くを通りかかっただけか?
十中八九、後者だろうと思う。だけど、事故のフォビアの事を考えると、それでも油断はできない。
ドローンは僕達から付かず離れずの距離を保って、ブンブンと旋回していた。
「どこのガキだ? 非常識な奴め」
廉市議員が忌々しそうに毒吐く。操縦者が子供とは限らないんだけどな……。
しかし、この状況は良くない。どうしても上のドローンに注意を割かないといけないから、前後の確認が疎かになる。
ドローンに付きまとわれながら、しばらく三人で細い道を歩いていると、拳さんが足を止めた。前方から若い男の人が自転車に乗ってやって来る。それなりの速度を出しているのに、スマートフォンを持って片手運転だ。嫌な予感がする。
僕と拳さんが身構えていると、上空のドローンが急に高度を下げて来た。そっちに目を向けた瞬間、後方からけたたましい高音が響く。
スクーターだ。黒いフルフェイスのヘルメットを被った何者かが、高速でスクーターを走らせて、こちらに向かって来る。
僕と拳さんは念のために、議員を道路脇の壁際に押し退けた。
……高度を下げていたドローンはフラフラしながら上昇を始め、スクーターは僕達の横を素通りする。ホッと安心したのも束の間、自転車が議員に向かって突っ込んで来た。ああ、もう! 結局こっちが本命だったか!
自転車は議員を巻き込んで転倒。議員は自転車と若い男性の下敷きになる。
「どけ! バカ! この野郎!」
「す、済みません」
幸いと言うべきか、廉市議員は無事だったみたいで、自転車と若い男性を突き飛ばして起き上がった。そして怒りが収まらない様子で、自転車に乗っていた男性に掴みかかる。
「ふざけるなよ! こいつ! 誰の命令だ!?」
「済みません! 済みません!」
議員は何度も男性と自転車を踏み付ける様に蹴り、声を荒らげる。
「ふっざけんな!! このバカ! 死ねよ!!」
「済みません!」
「この私が誰だか分かってやったのか!? この野郎、お前! 国会議員だぞ!」
「知りませんでした!」
「知らなかったで済むかよ!! バカ! バーカ!! 死ね! お前みたいな奴は死刑だ!! このクズ!」
暴言も暴行も度が過ぎている。僕と拳さんは慌てて廉市議員を押さえ付けた。
「落ち着いてください!」
「これが落ち着けるか! バカは死ななきゃ分からないんだよ! こいつ、言えっ! 誰の命令だ!」
拳さんが声をかけても、廉市議員は暴行を止めようとしない。激しく暴れて、拘束を振り解こうとする。
「向日くん、警察に連絡を!」
「は、はい!」
僕は拳さんに言われた通り、急いで110番に通報した。
警察が来ると分かって、ようやく廉市議員は落ち着きを取り戻す。
十分もしない内に、三人の警察官が事故現場に駆け付けた。そこで僕達は大体の事情を説明する。
スマートフォンを見ながら自転車を運転していた男性が、ハンドル操作を誤って廉市議員と接触した事。それに激昂した廉市議員が、男性に暴行を働いた事。
自転車に乗っていた男性は、連行されて警察の取り調べを受ける事になった。
……これは僕の予想に過ぎないんだけれど、多分この人は普通に余所見で事故を起こしただけだろう。本当の元凶は事故を起こすフォビアなんだから。
僕は改めて周囲を見回した。さっきまでブンブン飛んでいたドローンは、どこかへ行ってしまった。スクーターも既に走り去って、影も形も見えない。
警察の人達が事情を聞き終えて帰った後で、拳さんは廉市議員に言う。
「どう見ても事故なんか起こり得ない場所で、こんな事故が起こるんです。これが大型車も通る大きな道路だったら、どうなっていたか……」
廉市議員は何かを言いたそうに口を開きかけたけれど、何も言わず諦めた様にまた口を閉ざした。偶然の事故だと言い切りたくても、言い切れないんだろう。
「一体何がどうなっているんだ? これは本当に事故なのか?」
「現状では事故としか言えません。しかし、確かな事が一つだけあります」
「何だ?」
「あなたは狙われているという事です。それでもまだ散歩を続けますか?」
廉市議員は少し考え込んで、こう答えた。
「いや、やめておくよ。帰る」
僕は表情にこそ出さないけれど、心の中では大きく安心していた。それは拳さんも同じだったと思う。
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