6
十二日目から、僕達は空も警戒する事にした。飛行機やヘリコプターが上空を飛んでいないか、よく注意して見てないといけない。
敵のフォビアは強力だ。僕のフォビアでも完全には無効化できない可能性がある。異変をいち早く察知して対処するしかない。
――その一方で、廉市議員は我慢の限界みたいだった。
僕は十三日目の朝に、廉市議員と拳さんが玄関前で口論しているのを聞いた。
「今日は散歩に出る」
「やめてください。あなたは狙われているんですよ」
「缶詰生活も限界だ。五人もいるんだから、誰か護衛に付いてくれよ」
「危険です」
「家政婦は守れて、私は守れないと言うのか!?」
「重要度が段違いです」
「あのな、雇われ人には分からんだろうがな、いつまでもこんな生活を続ける訳にはいかんのだ」
「もう半月の辛抱です」
「私がこうしている間にも、国政は動いているんだぞ!」
議員としての使命感と言うよりは、焦りの感情だと思う。一週間前とは態度が全然違う。最近、焦りを感じさせるような何かがあったんだろう。
「国政? 党から出席の要請でもありましたか?」
「それは……」
「今は身の安全を優先して外出を控える様にというのも、党の指示だったはずです。それに逆らって、身の危険を冒してまで外出する理由がありますか?」
拳さんに説得された廉市議員は、渋々といった様子で家の中に引き下がる。
それを確認した拳さんは大きな溜息を吐いて、僕の方を向いて苦笑いした。
「良くない傾向だな」
「廉市議員は何を焦っていたんでしょうか?」
「このままだと出世に響くと思ったんだろう。明後日には党会議が開かれる」
「でも、家にいるのも党の指示なんでしょう?」
「それが議員の身を思っての事とは限らないさ」
「……どういう事ですか?」
拳さんは再び苦笑いした。
「追い出し部屋とか、窓際族って知ってるか?」
「いいえ」
「……仕事を与えない、やらせない事で、昇進ルートを完全に塞ぐ。要するに、クビにする前振りみたいなもんだ。もしかしたら、そういうのを感じてるのかもな」
どうしてそんな事をする必要があるんだろうか? 僕にはよく分からない。
「国政選挙で当選して議員になれたという事は、それなりの支持があったという事。クビを切るなら、やはりそれなりの理由が必要になるのさ」
「そんなもんなんですかね?」
「警護が一ヶ月だけというのも、おかしいと思わないか? それで相手が諦めるという確証もないのに」
「それは思いましたけど……」
「ちょうどその頃に改選がある。すぐに選挙カーがうるさくなるぞ」
選挙運動をやらせないための待機命令でもあるって事か……。実質的には謹慎処分も同然で、党内ではもう見限られているのかな? だから、廉市議員はどうにか挽回しないといけないと考えている訳だ。
僕は拳さんに提案する。
「散歩にぐらいなら行かせても良いんじゃないでしょうか?」
「おいおい」
「実際に危険な目に遭わないと分からないでしょう」
「君が護衛に付くのか?」
「そのつもりです」
「相手のフォビアは手強いんだろう?」
「道を選べば大丈夫だと思います。大きな通りを避けていれば、少なくとも大型車やスピードを出す車はないですから」
焦りは判断力を鈍らせる。今まで廉市議員は直接自分を狙って来た攻撃を見ていないから、事態の深刻さを理解できていないだけだろう。
本命のターゲットが出て来たなら、敵も本気を出して来るに違いない。そこで命の危険を理解して、廉市議員が大人しくなってくれるなら良し。それでも考えを改めない様だったら……もう議員の話に耳を傾ける価値はない。
問題は拳さんが許可してくれるかどうかだけど……。
拳さんは少し考えて、こう答えた。
「君の言う事も分かる。散歩ぐらいは許可しても良いかも知れないな。その時には私も同行しよう」
「ありがとうございます」
正直、僕一人では心細かったので、拳さんが付いてくれるのは助かる。余程の事がない限り、二人いれば議員を守り切れるだろう。
翌十四日目の午前九時、廉市議員が散歩に出かける。散歩のルートは拳さんが指定した。できるだけ大通りを避けて、狭い道を歩く。遠出もしない。三十分くらいの軽いウォーキングだ。
拳さんは「気晴らしにはちょうどいいでしょう」と言ったけれど、当の廉市議員は不満そうだった。
散歩は拳さんが先頭に立って、廉市議員が真ん中、僕が後ろを見張る。
拳さんは道路に出る前に、廉市議員に告げる。
「車やバイクには気を付けてください」
「子供じゃないんだぞ」
廉市議員は反発した。まあ確かに子供に言い聞かせる様な内容だ。
拳さんは車が来ないのを確認して、慎重に道路に出た。
その後ろで廉市議員は、そこまで警戒するのかと呆れた顔をしている。
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