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十一日目、新しい家事代行の人が来る。業者としても、これ以上の犠牲は勘弁して欲しいところだろう。違約金を覚悟で向こうから契約を打ち切られても、しょうがないとさえ思う。
ここの家事代行は住込みだから、外に出なければ安全だろうけれど、どうしても買い物とかで出かけないといけない時がある。危険だからと外出を控えさせるのにも限度があるから、その時は僕が家事代行の人の護衛に付く事にしよう。
僕は拳さんにその旨を伝えた。
「……家事手伝いの護衛か」
「はい。好い加減、ここらで何とかしないと。議員の命は大丈夫でも、生活に支障が出るでしょう」
「釣り出しとは考えられないか?」
「可能性はあると思います。ただ……相手は僕の正体を知っているんでしょうか?」
「分からない」
これが警備を手薄にする罠だという可能性は、考えておかないといけない。僕の正体が相手にバレている可能性も無いとは言えない。レディ・サファリングもどこでだか知らないけれど、僕の情報を仕入れていた。持っていたのはフォビアについての情報だけで、僕個人については知らなかったみたいだったけれど。
どっちにしても、このままだと行き詰まる。
敵は絶対にこの家を監視している。そして、この家に出入りする人を狙っている。家事代行の人だけじゃなくて、警備員の誰が出かけても狙われるのは同じだ。
フォビアが効かない人が警備の中にいるという事を教えてしまう事になるけれど、良いのか悪いのか……。まあ、遅かれ早かれ分かってしまう事だろう。
僕は改めて決意した。
「誰か外出する時は、僕が護衛に出ます。拳さん、家の守りはお願いします」
「他に方法も無いしな」
拳さんは素直に頷いてくれる。
こうして僕は四人目の家事手伝いの人と買い物に出かける事になった。
午前九時、四人目の家事手伝いの人が廉市議員の邸宅を出る。今は夏の真っ盛り。最も暑い時期だから、気温が高くなり過ぎない今の内に出かけないと、夕方になるまで出かけられなくなってしまう。
四人目の家事手伝いの人も若い女性。多分だけれど、家事手伝いの派遣業者もベテランを失いたくはないんだろう。無能とまでは言わないけれど、失っても痛くない程度の人材を送り込んでいるんじゃないだろうか? そんな気がする。
「私にも護衛が付くんですか?」
「事故とは言っても、もう三人連続ですから」
若い女の人は意外そうな顔をしていた。それと不安そうな顔も。自分も狙われるかも知れないと意識したからなのか、それとも……僕が頼りさなそうだからか?
「あの、結構お若く見えますけど、おいくつですか?」
普通に後者だった……。どうしよう? 実際の年齢を言うべきなのかな?
「十七です」
「えっ、中卒?」
「……はい」
家事手伝いの人は一層不安そうな顔をした。
中卒の警備員は信用できない? 能力が足りない風に見えるんだろうな。少しはフォローしておかないと。
「大丈夫です。これでも経験は豊富ですから」
僕は勢いで言い切った。経験豊富……まあ、少なくとも素人じゃない。格闘術も習っているし、危険な人達とも戦って来た。
家事手伝いの人は慌てて頭を下げる。
「あ、あの、失礼しました。私は
そう言って、もう一度ぺこり。
「僕は向日です」
お互いに名乗り合って、僕達は出かける。向かう先は徒歩十分ちょっとの場所にあるスーパーだ。当然、道路沿いを歩かざるを得ない。
この付近で短期間に事故が多発しているからか、所々で警察の人の姿を見かける。大きな通りの近くでは検問もしているみたいだ。だけど、それがフォビアにどこまで通用するんだろう?
僕はどこから車が突っ込んで来るか、気を張って周囲を警戒する。曲がり角では、車が来ないか一時停止。慎重過ぎる様に思われるかも知れないけれど、僕が防げるのはフォビアだけだ。本当に偶然の事故は、どうしようもない。
取り敢えずは無事にスーパーに着いて、そこで三十分程度のお買い物。家事手伝いの川本さんはメモを見ながら、食品から日用品まで大量に買い込んだ。とても一人で持ち帰れるとは思えない量だ。
これは……僕も荷物持ちを手伝わないといけないのかな? 護衛のためには身軽な方が良いんだけど……。
そう思っていたんだけれど、やっぱり荷物持ちをさせられた。
断る事もできた。でも、一人だけに重たい荷物を持たせて、僕だけ何も持たない訳にもいかない。僕が重たい方の荷物を持つ。
「済みません。持ってもらっちゃって」
「いえ」
僕は返事もそこそこに警戒を怠らない。
本当に用心しないといけないのは、帰り道だ。今までの人達も買い物帰りに事故に遭っている。
近くを車が通る度に、僕は足を止めて警戒する。何が起こるか分からない。
廉市議員の家まで、残り半分ぐらいの距離まで来た。そこで僕達の後方からゆるゆると軽乗用車が走って来る。
僕は一度足を止めて、運転手の様子を窺う。
顔を伏せて……眠っている? 居眠りをしているのか!? アクセルは踏んでいないみたいだけれど、ブレーキをかけてもいない。
僕は前を歩いている家事手伝いの川本さんに注意を呼びかけた。
「危ない!」
だけど、僕の声を聞いていないのか、川本さんは振り向かない。
どうしてこっちを向かない!?
「危ない!!」
僕は二度声を上げて、川本さんに向かって駆け出した。
車は時速20kmぐらいで、ゆっくりと川本さんを追尾する様に向かって行く。まるで誘導されてるみたいだ。
僕は両手に持っていた重たい荷物を手放した。体が一気に軽くなる。
僕は川本さんを突き飛ばして、代わりに車の前に飛び出した。
「うおおおっ!?」
全てがスローモーションみたいに見える。
衝突の直前で運転手の人が目を覚まして、急ブレーキが踏まれる。キキッと高く短い音が周囲に響く。
だけど、軽自動車は止まり切れずに僕を撥ねた。軽い衝撃の後、僕はブロック塀に叩き付けられる。
車がそんなにスピードを出していない事と、僕も衝撃を殺そうと軽く壁側に飛んだ事もあって、車との衝突はそんなに痛くなかった。
ブロック塀に当たったのも肩からだ。頭部への衝撃は避けられた。車が寸前でブレーキをかけた事もあって、壁に挟まれずに済んだのが、一番良かった。
「キャーーッ!!」
僕に突き飛ばされて道路に倒れ込んだ川本さんが、車に撥ねられた僕を見て金切り声を上げる。その間も僕は妙に冷静に周囲の状況を観察していた。
完全に目を覚まして青ざめている、軽乗用車の運転手。
僕は車とブロック塀の1m程度の隙間に倒れ込む。
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